子ども達との物語

ぼくを忘れないで

新学期が始まり、列に並んで登下校する子ども達を見かけるようになると、必ず思い出すブラジル人の男の子がいます。彼との出会いは、3年生の頃。転校してきた彼が、わたしの担当する通学団の一員となり、彼が引き起こす諸々のトラブルに対応するというのが、最初の頃の彼との関わりでした。

ある日のことです。何人かの子ども達が「先生、来て!来て~!」と息せき切った様子で職員室に現れました。「どうしたの?」と聞くと、彼が通学団でも一緒の仲のいいお友だちを殴り、殴られた男の子が泣いているとのことでした。殴られた男の子の担任と2人で駆けつけると、そこには、怒っている様子の彼と頰を押さえて泣いている男の子がいました。

彼が殴った理由は今では何だったのかは覚えていませんが、当時、日本語が片言で思ったことが上手く表現できないこと、家でいろいろとつまらないことがあったことなどが重なり、クラスでも登下校でも彼はよく友だちとトラブルになっていました。友だちを殴ったことをすんなりと認め、殴った友だちに「ごめんなさい」と謝った時のことです。泣いた男の子も「ぼくもごめんなさい」と謝ったのです。わたしは変だなと感じ、2人に聞きました。

「今、ごめんなさいと謝ったけど、何か悪いことをしたの?」

泣いた男の子は黙っていて、殴った男の子は首をふりました。

このままじゃいけない、、、そう感じたわたしは、気に入らないことがあると友だちに手を出す男の子の目をじっと見て語りました。

「気づいているかな。今、ごめんなさいと言ったのは、殴ってほしくないからだよ。あなたのことが怖いんだよ。本当にいいの?そのままでいいの?」

ハッとした表情を浮かべた彼が、ワーッとひとしきり泣くと、

「謝るな。〇〇君。ぼく、もうなぐらない。ぼくに本当のこと言って。」

と言ったのです。トゲトゲの堅い鎧をぬいで、素直な彼が現れたようでした。

翌年、彼の担任は男の先生で、まるで父親代わりのよう彼のことを可愛がりました。彼もその先生を慕うようになり、学校に通うことが楽しくなってきたようでした。通学団での登下校の際には副団長として活躍するようになっていきました。

1年が過ぎ、わたしとその男の先生は同じ時期に転勤することになりました。離任式の日の校長室で、朝、転勤した先生達が集まった時のことです。校長室をノックする音が聞こえ、扉を開くと、泣きはらした顔の彼が立っていました。わたしは、彼がその男の先生との別れが辛くて泣いているのだと思い、

「〇〇先生を呼ぶから待っていてね。」と彼に言うと

「先生、ぼくを忘れないで。これでぼくを思い出して。」

と言って、手を差し出したのです。そこには、彼が1年間副団長として活躍した通学団の黄色い旗が握りしめられていました。

たまゆらフォト

ABOUT ME
ペンギン先生
ペンギン先生 愛知県在住。元小学校教員。 学級崩壊のクラスを受け持ち、「面倒くさいし」「やりたくないし」「出来ないし」という子ども集団を目の前にして、「何とかしたい」「道を拓きたい」と懸命に試みていたあの頃の私を思い出しながら書いています。 自己肯定感の低い子ども達や家族の心の闇に直面し、「子ども達一人ひとりに、必ず1つは『天才のたね』がある!」「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いを心の灯火に、試行錯誤しながらも課題に1つ1つ取り組み、全国平均76%よりも低かった子ども達の自己肯定感が担任していたクラスでは97%へと向上しました。 このブログを通じて、子供達の可能性を信じる気持ちが波紋のように大人たちに広がることを願っています。

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