はじめに
「ある」ものを「ダメだ」と否定したり、
「ある」ものを「ない」と隠したりするよりも、
「ある」ものは「ある」と認めることで、
子どもの才能が開花するきっかけとなることもあります。
このことに気づいたのは、ある男の子との出会いからでした。
物を盗んで壊す男の子との出会い
4年生を担任してしばらくした時のことです。
教室内で物が紛失することがしばしば起きることに気づきました。
「鉛筆がありません」「ペンがなくなりました」
子ども達からの訴えを聞く度に、子ども達の口からある男の子の名前があがりました。
その男の子には衝動的に友だちの物を盗り、分解して壊してしまう癖があり、
周りの子ども達から「大切な物を壊す子」として嫌われていたのです。
そしてその男の子が「一緒に遊ぼう」と友だちを誘っても、
断られて一緒に遊ぶ友だちがいないというのが
その男の子の悩みだということも分かってきました。
その男の子のお母さんに連絡をして、
友だちの物を盗るということを繰り返しているようだということを伝え、
自宅にその男の子の持ち物ではない物があったら全てもってくるようにお願いしました。
すると男の子のお母さんから
「以前気づいて(当時の担任の)先生に相談したんですけど、、、」と伝えられました。
男の子が物を盗り壊すという事実が当時の担任によって隠され、
対応されずにいたことが分かりました。
その結果、その男の子の物を盗って壊すということが繰り返され、
そのままになっていたのです。
通常、物を盗った子どもがいたときには、
当事者で話し合いをして解決に導くということをしていました。
しかしこの事例は、その男の子が繰り返し行っており、
しかも周りの子ども達は教師よりも先に気づいているケースでした。
何がベストか悩みつつ、「衝動的に物を盗り壊す」という行為を
今直すことがその男の子にとって優先なのだという視点から、
お母さん、男の子と相談し、みんなの前で
自分がしたことを正直に伝えるという方法をとることにしました。
その男の子は、物を盗ったこと、そしてこれからは二度と物を盗らないと約束すると
クラスの子ども達に伝えた後で、
わたしは子ども達に「正直に今思っていることを書いてほしい」と言って、
子ども達に紙を配りました。子ども達はずっと繰り返してきたその男の子に厳しく、
「何度もしているから信じられない」「ぼくも盗られたことがある」などと書いてきました。
その中に1人、こんなことを書いてきた子がいました。
「ぼくは〇〇君みたいに自分が悪いことをしたら、人には言えないと思う。
自分がしたことを正直に言った〇〇君は勇気があると思う。
〇〇君はぼくの友だちだ」と。
わたしは、お母さんに電話をして、みんなの前でお話しをしたこと、
そして、先の子どもの言葉をお母さんに伝えました。
お母さんが電話口で泣いてみえるのが分かりました。
男の子にも「ぼくの友だちだ」と書いてきた子がいたことを伝えました。
すると、その男の子も緊張していたのでしょう。
張っていた体がゆるんで、泣き始めました。
試みてみる
わたしは男の子の様子を見ながら、彼の癖をどう直すか、どうしたものかと考えました。
「ダメだ!」と父親から暴力で禁止されても、
物を盗ることが直らなかった彼のことです。
何か適切な方法はないのかな、、、と考えていた時に、
物への好奇心が強いこと、そしてそれまで物を分解し壊していた彼には、
もしかしたら物を組み立てて直す才能があるかもしれない!とひらめいたのです。
わたしは、男の子に「これからあなたは『落とし物直し係』に任命です」と伝えました。
友だちの机の上にある物には決して触らないこと、(これで盗るという行為を未然に防ぎます)
床に落ちている物は拾って直して届けることを2人の約束としたのです。
男の子がそれまでの癖がでて、友だちの机の上の物を触ろうとした時には、
わたしは目や言葉で彼の行動を制しました。
そして、周りの子ども達には使っていない物を片付けることも徹底しました。
周りの子ども達の中には、物の管理が十分にできていなくて、
特別教室に置き忘れてきたり、しまい忘れていたりすることを
彼のせいにして「物がなくなった」と言っている子どもがいることも分かってきました。
このようにして、わたしは子ども達とともに彼が約束を守れるようにし、
彼も約束を守ろうと努めました。
ある日のことです。彼は落とし物を拾って、壊れた箇所を直して、友だちに届けました。
すると友だちが笑顔でその男の子に「ありがとう」と言ったのです。
彼の顔にパアッと笑顔が広がりました。
1学期も2学期も3学期もずっと、
彼は落ちている物があったら拾って、
壊れていたら直して、友だちに届けるということを続けました。
最後に
わたしはその年を最後に、別の学校に転勤することになりました。
子ども達のお別れの挨拶をする離任式の日のことです。
壇上に立ってお話しをするわたしの目に、その男の子の姿が見えました。
5年生の列の先頭に立っていました。
彼は友だちに認められ、
学級委員に選ばれたのです。
~・~・~・~・~・~・~
わたしは、彼のような子ども達に出会って、一見「ネガティブな行動や感情の中に潜む宝物もあるのだな」と気づいたのです。ネガティブな行動や感情を「ダメだ」と否定したり、「ある」ものを「ない」ことにして隠したりしないで、「ある」ものは「ある」として認めて適切なアプローチをすると、この男の子のように才能が開花することもあるのです。
算数の文章問題につまづいた子ども達がのびのびの~びた~きちんとからの解放~
絶対にあやまらない子が変わった~「地蔵君」の喜びの花が咲く日まで~
先生の1つ1つの手立てがとても愛に溢れるもので、感動しました。
時間をかけて子どもと向き合い、そしてその子に自分の能力に気づかせてあげる援助の仕方。
決してぐいっとひっぱっていくような強引さではなく、寄り添って隣で一緒に歩いていく温かさを感じました。
これからも愛読させて頂きます。