日本語の全く分からない外国籍の子ども
今回は、外国籍の子どもが転校してきた時のお話しです。3年生のクラスを担任していた5月ブラジル国籍の子どもが転校してきました。日本語が全く分かりませんでした。国語の時間に日本語教室に通いながら、算数や社会、理科、体育や音楽、学活などはわたしが担任していた30人位の子ども達と共に学ぶことになりました。日本語が分からなくて日本語ばかりのクラスにいることは子どもにとってストレスです。日本語教室を担当していたに頃に出会った外国籍の子どもの中には場面緘黙(ばめんかんもく)といって、教室の中で言葉を全く発することなく1年間を過ごす子もいました。その男の子はぐったりしたり、すねたり、怒ったり、泣いたりすることがありました。
周りの子ども達の様子
日本語が全く分からない子どもが転校してきた時、周りの子ども達の反応は様々で一緒に遊ぼうと声をかける子、ケンカをする子、無関心な子、いろいろでした。その中で、「出来ない子だよね」と言って声をかけることも、ケンカをすることもなく関わろうとしない子どもがいたことが気になりました。せっかく一緒にいるのです。わたしは何をしたら、子ども達がこの外国籍の子どもへの理解を深めることができるかなと考えました。「気持ちを考えましょう」と言っても、豊かな読書体験や似たような経験がなければ、相手の気持ちを想像して、自分ごとと捉えられる子どもは少ないです。せっかく一緒にいるのに関わろうとせずにいるのはつまらないなと思いました。
スペシャル授業を試みる
月に一度、県の方からポルトガル語を母語とする通訳の方が授業の支援員として派遣される制度がありました。わたしは、あっ!そうだ!と思いつき、その方に「こんなことやりたいの!」と相談すると、「それは面白い!」となって、2人で一緒にスペシャル授業をすることにしました。授業開始のチャイムが鳴りました。
“Agora, vamos aprender a ciência”(理科の授業を始めます)
わたしはいきなりポルトガル語で授業をしました。通訳の方も加わって、ポルトガル語が2人の間を飛び交います。子ども達は「え!何?」「言っていること全然分からない。」と、顔を見合わせながら、ざわざわとしています。わたし達は、子ども達が分からなくても涼しい顔で授業を進めます。黒板にもポルトガル語で書いて「はい、黒板を写しましょう!(ポルトガル語)」と言って、ノートを指さし子ども達に書くように促します。「何か書けって言っているみたい。」「全然分からないよ。」子ども達はざわざわとしながら、周りを見渡します。転校してきたブラジル人の子どもは大はしゃぎです。「わかる~ぼく、わかる~」となぜか覚えたての日本語を言って喜んでいます。30分ほどポルトガル語で授業が続きました。そして、授業が残り15分ぐらいになった頃、子ども達に「今日の授業はどうだった?」と聞いてみました。
「全然、何言っているか分からなくてイライラした。」「言葉が伝わらないって苦しい。」「アザフェ(仮名)君、毎日学校来てすごいな、ぼくなら来ないかもしれない。」子ども達は口々に言いました。子どもの一人がつぶやきました。
「アザフェ君、すごく努力している子なんだね。」
わたしは、その子どものつぶやきを受け止めて言葉を続けました。
「そうだね。アザフェ君はすごく努力している子だよね。そして、すごく努力しているのはアザフェ君だけじゃないよ。算数の問題が1回で出来る子もいれば、10回、20回やって出来る子もいるよね。漢字が1回で覚えられる子もいれば、10回、20回やって覚えられるようになる子もいるよね。逆上がりだって、日本語だって、算数だって、漢字だって、何だって、やっている途中は、『出来ない子』じゃないよ。今、努力している子」そうお話しをして子ども達一人ひとりを見ると、子ども達一人ひとりと目が合いました。子ども達が心の耳で聴いていたことを感じました。
おわりに
でこぼこでも真っ直ぐじゃなくても前に前にと進む力が子どもにはある。そして、子ども達一人ひとりに、よさや才能、その子らしい「天才のたね」が必ずあるそう信じているわたしが出会った子ども達のお話しです…星のカケラのように今でも心の中で光る金の一粒