天才のたね

絵本「100万回生きたねこ」と子どもとの対話

1年生から6年生までの子ども達と一緒に

「はらぺこあおむし」「注文の多い料理店」

「100万回生きたねこ」などの絵本で

国語遊びをしました。

「はらぺこあおむし」では、

低学年の子ども達と

「あおむし」が生まれてから蝶になるまでの地図を創ったり

「注文の多い料理店」では

高学年の子ども達と対話を楽しんだりしました。

(かなり面白く、そしてわたしに一つの

洞察を導くきっかけとなりました)

「100万回生きたねこ」では、

1、2、3年生の子ども達とは、

6つの飼い猫の人生から

「あるとき・きらい・ある日・しんでしまう・泣く・うめる」など

繰り返しに使われる言葉に着目し、

「事柄を順序立てて話す」

「自分の生活体験から想起する」

「もし、自分だったらと想像をする」など

一人ひとりの力を見極めながら、

7つ目の人生、8つ目の人生と物語を創って語る遊びをしました。

4,5,6年の子ども達とは物語を創った後で、

後半部分の対話を楽しみました。

その中で、一つわたしの心に残った対話を

今回お話ししたいと思います。

「100万回生きたねこ(佐野 洋子作・絵)」は、

「ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした。」で

お話しが終わります。

この最後の場面では、

「悲しい」と感じる子どもが多くいる中で、

一人の男の子は「ねこは幸せだった」という感想をもちました。

その子は、

「飼い猫の人生はとてもつまらない人生だった。

だけど、のらねこになって自由になって、

自分のことが好きになって、

白いねこに出会って、子どもも生まれて

すごく幸せな人生を生きた。

幸せな人生を生きたから、

この猫は生き返らなかったと思う。」

と私に語りました。

わたしは、

「ねこはとても幸せな人生を生きたから、

生き返らなかったのね。

白いねこが動かなくなって、

『100万回泣いた』けれど、ねこは幸せだったのね」

と問い返してみました。すると彼は

「あれ、疑問だ、なんでなんだろう。飼い猫のつまらない人生から

白いねこといっしょに生きて幸せな人生なのに、

100万回泣くってどうゆうことだ、

これって簡単じゃないな。この本は絵本なのに難しい。」

とつぶやいたのです。

幸せな人生なのに、100万回泣くのはなぜでしょうか。

彼が大人になった時に、

誰かを好きになった時に、

家族をもった時に、

この絵本をもう一度開いたら

どんな読みをして

どんな感じ方をするのでしょうか。

「幸せな人生なのに泣くってどうゆうことだ」

とつぶやいた彼がいつの日か、

人生の真実を見つける瞬間を想像すると、

わたしは何だかとても愛おしい気持ちになるのです。

こちらは、2019年8月に下書きし、投稿せずにいたブログです。

「幸せな人生なのに泣くってどうゆうことだ」

とつぶやいた男の子にわたしはとても興味をもちました。

彼から深い知性を感じたからです。

その後、国語教室の機会をいただき、月に2回の頻度で開催し、

その男の子は国語教室に通い続け、

わたしは彼との対話を楽しみました。

2020年2月22日、

この男の子が「今日はこの本をやりたい!」と持参した

「ぼくを探しに(シルヴァスタイン作)」を通しての対話、、、

今回は、この4月国語教師として職場復帰される方が

アシスタントに入っていました。子ども達の対話を聴いて、

「天才だ、、、この子達は天才、、」

とつぶやいていました。

子どもの豊かな感性が

自由に表現されたときの鳥肌が立つほどの感動。

録画しておきたかったな、、、今日の対話。

主催 NPO法人なごやAsoviva

ABOUT ME
ペンギン先生
ペンギン先生 愛知県在住。元小学校教員。 学級崩壊のクラスを受け持ち、「面倒くさいし」「やりたくないし」「出来ないし」という子ども集団を目の前にして、「何とかしたい」「道を拓きたい」と懸命に試みていたあの頃の私を思い出しながら書いています。 自己肯定感の低い子ども達や家族の心の闇に直面し、「子ども達一人ひとりに、必ず1つは『天才のたね』がある!」「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いを心の灯火に、試行錯誤しながらも課題に1つ1つ取り組み、全国平均76%よりも低かった子ども達の自己肯定感が担任していたクラスでは97%へと向上しました。 このブログを通じて、子供達の可能性を信じる気持ちが波紋のように大人たちに広がることを願っています。

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