天才のたね

パワフル先生のナミダ~「飛び出し君」が赦したからこそ~

体育会系パワフル先生が「飛び出し君」に初めて出会ったのは、「飛び出し君」が転校してきた日の2時間目のことでした。初めて出会った「飛び出し君」をものすごい目つきでにらみつけ、授業後に「あいつの好きな様にさせとくの?折角ここまで来たクラスが、あいつのせいでメチャクチャにされる」と凄まじい剣幕でわたしに向かって怒鳴りました。

最初パワフル先生は、「飛び出し君」が反抗的な態度をしていると決めつけ、力ずくで「飛び出し君」をねじ伏せるような関わり方をしました。一方わたしは「ストレスによる闘争・逃走反応による行動」(注1)にはまず「飛び出し君」が安心を感じる関わり方で対応をするのがいいのではないだろうかという仮説を立てました。「『飛び出し君』が安心する関わり方って何だろう?」を問いに、パワフル先生とは異なる手立てを一つずつ試みていたわたしは早々に「『飛び出し君』対応に甘い先生」と判断され、仮説をパワフル先生に説明しても理解されることなく、何かと子ども達の前や職員室の先生達の前で、叱責されることが増えるようになりました。

ある日、「飛び出し君」が朝から学校に来て、「がんばり席」に座っていた時のことです。「飛び出し君」がノートを忘れたので、わたしが用意したノート代わりのプリントをそっと「飛び出し君」に渡しました。パワフル先生がそれを咎めて(とがめて)、「飛び出し君」に向かって「〇〇立て!印刷にもお金がかかっている。ノートぐらい自分で用意しなさい!」と子ども達みなの叱責し、職員室でも「子どもにノートをかして、本当に甘い!」と言いふらしました。わたしは、教室の中においても職員室の中においてもパワフル先生の態度に、いたたまれない気持ちになりました。同時に、パワフル先生の言う事に従った方が楽かもしれないなと一瞬心がぐらつきました。今、まさに「『飛び出し君』にも居場所をつくる!」という意志がくじかれそうになっている、、、、、その瞬間、そんなことっておかしい!と、心の底からむくむく想いが湧き上がってきました。その頃のわたしを支えたのが「アドラー心理学」の本の一節でした。そこには「アメとムチ系賞罰指導は、相互信頼・相互尊敬に基づく教育観とは対極にある方法で、子どもを支配・依存させるやり方とし、教師から見た優れた点を評価し、劣った点を叱責すること(支配)で、顔色をうかがって行動する子や反発する子が育つ」(注2)と書かれていました。そこで、聞く耳のありそうな先生方に、「子どもの不適切な行動」という考え方があり、今は「飛び出し君」が「暴言を吐かない」を目標にしていること、優先順位を決めて手立てを講じているので、持ち物を忘れずもってくるはまだ先の目標であること、忘れ物をした時に「飛び出し君」がわたしに伝えられる関係性が崩れると、周りの子どもに力ずくで借りる可能性があり、そのようなことは未然に防ぎたいと考えて、忘れ物を貸していることなどを伝えたのです。

目の前の子どもの対応をめぐって、職員間で意見が分かれることはあります。当時のわたしもそうで、その頃の最大の悩みのたねは、旧態依然とした対応をよしとする先生方に今までとは異なる対応への理解をどう促して協力関係を築いていくかにありました。「飛び出し君」=「悪い子」というベテラン先生達の思い込みを変えることは、なかなか困難を伴いました。そんな時に、学校でマラソン大会がありました。マラソンに初めて挑戦する「飛び出し君」が、なぜ挑戦したいと思ったのかを書いた絵日記がわたしの目にとまりました。そこには、身体も小さく運動も苦手な「飛び出し君」が病気になった弟に、ぼくが頑張ることで元気になってほしいという内容のことが書かれてありました。

「これだ!」(注3)

わたしは、その絵日記をもってパワフル先生に「〇〇君が書いた絵日記です」ともっていきました。パワフル先生は、絵日記を読んで目を大きく見開き、「〇〇に、こんな気持ちがあるなんて、、、」とつぶやきました。そして「飛び出し君」を見つけたパワフル先生は、大きく手を広げると「あなたって、何て優しい子なの」と言って、「飛び出し君」をぎゅっと抱きしめたのです。パワフル先生に抱きしめられて「飛び出し君」は嬉しそうに身を委ねていました。その様子を子ども達も周りでにこにこと笑って見ていました。転校初日、大人が怖くてしかたがなかった「飛び出し君」をものすごい目つきでにらめつけて排除しようとしたパワフル先生を、「飛び出し君」は赦しているんだな、人を赦す(ゆるす)力ってすごいなとわたしは感じました。パワフル先生の誕生日には、子ども達と一緒に「サプライズをしよう!」(注4)と計画しました。授業の始まりの挨拶の後、「飛び出し君」が立って、ニコニコと教室の前に出てきました。そして「飛び出し君」の合図で、子ども達みんなで歌を歌いました。みんなで歌った歌は、子ども達が大好きな「ありがとうの花」でした。黙って聞いていたパワフル先生の目にナミダがキラリとひかりました。そして、曲が終わった後に一言、「本当に、ありがとうって思っていたら嬉しいわ」と、強がりを言いました。

多分、誕生日から数日後の出来事だったと思います。パワフル先生がわたしに写真アルバムをもってきました。いつもは歯切れ良く大きな声で話す先生が、「娘の結婚写真」と小さな声でわたしに言いました。やんちゃそうな若夫婦と赤ちゃんが写っていました。パワフル先生の言うことを聞かず反抗ばかりしていた娘さんに若くして子どもができたこと、結婚相手は「飛び出し君」と似ていることがパワフル先生の話から分かりました。わたしは写真を見た瞬間、この若夫婦の道のりは決して平坦ではないけれど、その夫婦の間にいる赤ちゃんが若夫婦と家族を取り持っているように感じて、そのことを伝えました。パワフル先生の目に、きらりとナミダがひかりました。「あいつの好きな様にさせとくの?折角ここまで来たクラス(家)が、あいつのせいでメチャクチャにされる」と凄まじい剣幕で怒鳴ったパワフル先生が、「飛び出し君」と出会ったからこそ娘さんの結婚相手のことを家族としてやっと受け入れたのだなと思いました。(注5)

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解説編

注1 出典 「最高の自分を引き出す法 スタンフォードの奇跡の教室 ケリー・マクゴニカル著」

注2 出典 「学級担任のためのアドラー心理学 岩井俊憲著」

注3 「これだ!」 体育会系(おばちゃん)パワフル先生に、理論の説明をしても研修会を企画してもほとほと理解していただけない場合は、「情」でいこう!と思った次第

注4 その頃、子ども達の優しさに触れることがパワフル先生に必要だなと感じていました

注5 怒鳴ったり怒ったりする人は、怒りたい種を心の中にもっていて、怒鳴られたり怒られたりする人には原因がないことが多々あります。わたしに向かって凄まじい剣幕で怒鳴ったパワフル先生の心の中に、娘さんの結婚相手のことをどう理解したらいいのか分からず心配になったり不安になったりする気持ちがあって、それが「飛び出し君」をきっかけに吹き出したのじゃないかと考えています。近くの人との関係性が周りの人との関係性に影響を与える事例は多々あります。

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ABOUT ME
ペンギン先生
ペンギン先生 愛知県在住。元小学校教員。 学級崩壊のクラスを受け持ち、「面倒くさいし」「やりたくないし」「出来ないし」という子ども集団を目の前にして、「何とかしたい」「道を拓きたい」と懸命に試みていたあの頃の私を思い出しながら書いています。 自己肯定感の低い子ども達や家族の心の闇に直面し、「子ども達一人ひとりに、必ず1つは『天才のたね』がある!」「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いを心の灯火に、試行錯誤しながらも課題に1つ1つ取り組み、全国平均76%よりも低かった子ども達の自己肯定感が担任していたクラスでは97%へと向上しました。 このブログを通じて、子供達の可能性を信じる気持ちが波紋のように大人たちに広がることを願っています。

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