天才のたね

「出来ない子」だと判断し諦めてしまう前に

「ん?」と感じた時

4月から新任の先生の授業の後補充をしています。

後補充というのは、新任の先生が研修で不在の時間に替わりに授業をすることです。

初めての後補充の日に教室に行くと、

達筆な字で「先生の言う通りに~」と、

黒板に書いてありました。

その言葉を読んだ時に、「ん?」と、

わたしに異和感がありました。

学校で1日を過ごして自宅に帰ってから、

夫まこちゃんに

「今日、学校どうだった?」

と聞かれ、

「多分、クラス崩れると思う」

とお話ししました。

久しぶりの再会の日

本日、数ヶ月ぶりにクラスに行くと、、、、

教室に入って直ぐに、子ども達の間によどんだ気が漂っているのを感じました。

このよどみ感はいったい何だろう、、、、

さて、どうやって子ども達の実態を掴もうか、、、と思い、

以前、トイレにこもって出てこなかった女の子のお話を子ども達にしました。

「担任をしたことのある女の子にね、

何かあるとトイレにこもってでてこない子がいたの。

もしね、友だちにそうゆう子がいたら、どうする?」

と問いかけました。

すると、

「何かをして、関わろうとする」と応えた子はクラスで4人ぐらい、

後の子ども達は、「何もしない」と応えました。

「何もしない」と応えた子の中には

「一人でいたいからトイレにいると思うから、温かく見ているけどソッとしておく」

という意味の「何もしない」という子と

「面倒くさいから関わらない」

という意味の「何もしない」という子と

「興味ない」という意味の「何もしない」という子がいることが分かりました。

わたしは、「興味がない」とか「面倒くさい」と言った子どもから、

「どうせ関わってもしかたないし」といった諦めを微かに感じました。

4月に出会った時よりも、子ども達同士の心の「つながり」がバラバラになってきているのかもしれないな、

もしかしたら「諦め」に今の課題があるのかもしれないと思いました。

わたしは、子ども達に自分自身のことも友だちのことも

「無駄だし」「どうせ無理だし」と諦めてほしくないなと思いました。そこで

「わたしは、あなたたちに自分のことを大切にしてほしいと思っています。

今日一日一日の積み重ねの先に10年後があるとしたら、今日は何を選ぶ?」

と子ども達に問いかけて、崩壊したクラスを立て直す時にとても役だった理論の一つ、

「選択理論」の一部を子ども達に「ふわふわ」と「チクチク」としてお話しをしました。

一日を共に過ごすうちに、子ども達の間に漂っていたよどんだ空気が薄れていきました。

そして、その合間、合間に泣き出す子ども達が現れました。

我慢をしていたり、諦めていたり、否定していて認められなかったことが、

ある瞬間ゆるんで感情がわき上がってきて、

涙があふれるのかもしれないなと思いました。

「どうしたの」「本当はどうしたかったの」と子ども達に問いかけると、

自分の中の真実に気づいて泣き出して、

その後子ども達はキラキラと変化していったものでした。

書くことが苦手な男の子

図工の時間の鑑賞の時のことです。

わたしは、1年に10回出会う子ども達に向けて、

天才のたねの図を描いて説明しました。

もし、サッカーが上手くなりたいと思ったら、どうしますか。

もし、絵が上手くなりたいと思ったら、どうしますか。

子ども達から意見がでました。わたしは、

「あなた達の中一人ひとりに、いろいろな可能性があります。

その可能性はあなたたちの中に隠れているけど、

ある瞬間、外に現れてきます。

それは、誰かにあなたの『よさ』として見つけられた時かもしれないし、

あなたが誰かの『よさ』を見つけてまねをしようとする時かもしれません。

今から、図工の作品の鑑賞をしますが、よさや工夫、こうしたらいいなを発見してください。」

とお話しをしてから、鑑賞の時間をとりました。

以前、「『ノートを書こうとしない子ども』が教えてくれたこと」のブログに

登場した男の子とも久しぶりの再会でした。

書くことがなかなか身につかない男の子は、

すっかり学習意欲を失って授業にとり組まず、

授業中の立ち歩きや友だちへのちょっかいが目につきました。

その男の子が、図工の鑑賞カードには

7~8文字の言葉を書いてプリントをもってきました。

その時の表情も朝、久しぶりに会った時の様子よりは穏やかになっていました。

わたしは、「〇〇君の作品をどう思ったの」と聞くと

「上がくちゃくちゃ」

と短い言葉で応えてきました。そこで、

「くちゃくちゃとは、どうゆうことなの?もしかして、でこぼこしているということ?」

と、問いかけてみました。すると、

「うん、上の方がでこぼこしているから、

ぼくは、作る時にソッと手を置いて、粘土をなでるように触ったら、

もっと見栄えのいい作品になったと思うから、〇〇君惜しいなと思ったんだ」

と説明し始めたのです。わたしは彼が話すことをメモし、

彼の言ったことを彼に読んで聞かせ、

「くちゃくちゃと言っただけでは、

あなたの今の考えは伝わらなかったよ。

あなたの中にある考えを外に出して、

友だちに分かるように伝えることで、

あなたのよさも伝わるとわたしは思うよ。どう思う?」

と言うと、彼は

「ちゃんと書く」

と応えました。わたしは、その彼の答えを聞いて、

「ああ、ずいぶんと彼は、周りから放っておかれていたんだな」と、

彼の苦しさや辛さを思いました。

そして、1年に出会う機会は多くて10回の彼に向かって、

彼の目をじっと見て伝えました。

「今、ちゃんと書くと言いましたが、字を書くことは正直苦手なのではないですか。」

「うん、ぼく、練習してもなかなか書けない」

「苦手なことを努力することは大事なことです。

ただ、それ以上に大事なことは、得意なことをのばすことです。

アガサ・クリスティという推理小説を書く作家を知っていますか。

わたしの大好きな作家で、世界中の人が彼女の小説を読んでいます。

ただね、彼女は字を書くことが苦手だったと言われていますよ。

だから、彼女は、長い小説を書くときに、

誰かにお話しをして書き取ってもらうということをしていたと言われています。

あなたは書くことが苦手です。

でも、さっきやったみたいに、わたしが聞いたら、

自分の考えをわたしに分かるように伝えることができます。

わたしは聞いて、あなたの考えがよく分かりました。

聞いて、考えて、伝える、を練習して得意をのばして、

書くことが苦手なら、その部分を誰かに手伝ってもらったらいいと

わたしは思いますよ。

書くのが苦手だからといって、全部がダメなわけではありません。

自分の可能性を決して諦めてはいけません。」

いつもはわんぱくで、友だちに手を出すジャイアンみたいな男の子が、

わたしの目を見ながらじっと静かに聞いていました。

職員室に戻ると、わたしは、彼の図工の鑑賞カードを先生方に見せてまわりました。

すると、「彼は出来ない子だと思ってどこか諦めていたところがあった」

とある先生が言ったのです。

先生の言う通りに子どもが行動しないからといって、

「出来ない子」だと判断するのは早計で、

本当の彼には可能性があるということに、

その先生が気づいた瞬間でした。

終わりに

わたしは、自分の教師人生において、

「出来ない子」だと判断した子どもは1人もいません。

「目の前の子どもに適した学び方は何かな?」

と、問いを立てて、いつもいつも考えていました。

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ABOUT ME
ペンギン先生
ペンギン先生(たかはし あやお) 愛知県在住。元小学校教員。講師。(近い未来)作家。 学級崩壊のクラスを受け持ち、「面倒くさいし」「やりたくないし」「出来ないし」という子ども集団を目の前にして、「何とかしたい」「道を拓きたい」と懸命に試みていたあの頃の私を思い出しながら書いています。 自己肯定感の低い子ども達や家族の心の闇に直面し、「子ども達一人ひとりに、必ず1つは『天才のたね』がある!」「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いを心の灯火に、試行錯誤しながらも課題に1つ1つ取り組み、全国平均76%よりも低かった子ども達の自己肯定感が担任していたクラスでは97%へと向上しました。 このブログを通じて、子供達の可能性を信じる気持ちが波紋のように大人たちに広がることを願っています。

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