実はわたし、、、
「天才のたねのみつけ方」にようこそ。ぺんぎん先生です。(1回やってみたかったこの出だし笑)
8月のお盆に、親しくさせていただいている方のお家に泊まり、帰宅して片付けていたら、、、間違えちゃったことに気づきました。
実はわたし、、、、このようなミスを学校の先生時代にもいろいろやらかしました。
軽めのミス
・テスト用紙をどこに置いたかすぐに忘れて探す
中くらいのミス
・公開授業で気づいたら、スカート前後ろ逆
今では笑いにかえたミス
・遠足の引率で道を間違えて子ども達を道連れに迷子になる
今でも気にしているミス
・これはまだ書きたくないな~。出会った人にだけコッソリと
何かをやらかすたびに、「メゲても何か掴んで起き上がる」をマイ・ルールに、メモの仕方、整頓の仕方、順序の決め方を工夫して、何とか未然に防ぐ方法はないものかと務めました。
給食のアレルギー対応について
担任をしたお子さんの中に「牛乳をふいたぞうきんを触る」「卵をひとかけ食べる」とアナフィラキシーショックが起きる可能性があるので、エピペンを保管し、万一の際は対応を必要とするお子さんがいました。子どもの命を守り、安全を確保するのに、
1、栄養士さんが事前に給食のメニューにアレルゲン食材がないかチェックし、保護者と担任に連絡
2、保護者もアレルゲン食材をチェックし、担任へ連絡
と事前に給食メニューの2重チェックが行われ、チェックを受けた給食メニューをもとに、アレルギー対応を必要とする日は、担任が除去食が提供されているか・アレルゲン食材が入っているご飯を誤って食べていないかを日々確認します。
さて、ここでの問いは
人(わたし)はミスをする!(←これが大前提)
ならば、集団の中でどう個別の対応をして子どもの安全を確保するか
です。
実態
3人のお子さんのアレルギー対応がそれぞれに必要な3年生のクラス
それまでの対応
担任がメニュー表を見ては指示をし、その指示のもと子どもが動くので、子ども達は言われたことしかやれないし、給食の時間に注意や指示の声が増えます。
加えて、課題として、
当時、校外での役も兼任しており、出張などで不在にすると代替の先生が給食の時間に入ることがある→情報の共有をどうするか
喧嘩が起きるなど、優先して対応しなければならないが重なることがある→配膳をする際にいつも指示できるとは限らない
「いったい安全をどう確保したらいいのか」
本を読んだり、サイトを検索したり、ベテランの先生に聞いてみたりして編み出した対応策!
「赤信号・青信号作戦!」です。
赤信号・青信号作戦
保護者の方に許可を得て、給食のメニューの掲示の隣に、下記のような掲示物を制作しました。
個別の対応が必要なお子さんのメニューの上に、赤色・青色カードを創り貼ります。
赤色・青色カードはゴムで両端を止めて、クルクルと回せるようにしておきます。
除去食などアレルゲン対応の食材がある日には、該当児童のメニュー表のカードを赤にします。
カードが赤の時には、該当児童が一番最初に給食の配膳を受けるというルールを子ども達に伝えて、子ども達に理解と協力をお願いします。(この際、アレルギー対応の必要な子ども達に事前にお話をします。)
選択した道は支援の道
この方法を編み出すまでは、ファイルに保管してあるメニュー表を朝や給食前に確認をし、今日は除去食の日だから個別に対応すると覚えて1人で何とかしようとやっていました。しかし、いろんな業務が重なると事前の確認が抜けてしまって「冷や汗をかく」こともありました。
しかも、給食時の個別対応が3人となったとき、完璧さを目指して1人で対応する道では、もはやお手上げです。ここは、未然に防ぐためにもミスがあるわたしを認めて、支援する「赤信号・青信号作戦」!を決行です。実際に試みてみると!
掲示物の制作と保護者や子ども達とのやりとりで準備に1時間ほどの費やしますが、未確認件数0件!となり、個別の対応が必要な子ども達の安全が確保され、気持ちがホッとするようになりました。
子ども達も成長しました。最初こそわたしが「今日は赤信号の日です。みなさん、お待ちください。〇〇さん、お先に(配膳)どうぞ」などとやっていましたが、そのうちに子ども達がすぐに覚えて、「〇〇ちゃん、とりにきてください」と声を掛けるようになりました。また、最初こそわたしが「今日は赤信号の日」「今日は青信号の日」と給食のメニューを見ながらカードをクルクルと回しているうちに、個別の対応を必要とする子ども達が「先生、それ自分でできるよ」と言って、自分達で給食メニューをチェックしてカードを回し、自分からも「今日、わたし用のご飯くるからお願いね」と給食当番の子どもに声をかけるようになりました。
わたしは、その子ども達のこのような姿に安心を覚えるようになりました。自分で考えて、決めて、行動して得た体験は、その子が学校という枠の外においても、未来においても活かせるだろうと思えたからです。そして、子ども達にその部分を任せて、その他の対応に注力できるようになったのです。
給食の時間が互いに支え合う環境となり、わたしはホッと安心し、子ども達はいきいきとしていました。