天才のたねの幸せレシピ①~「仕方のない子」じゃないよ~

小学校の先生として11年間

多くの子ども達に出逢い、

共に過ごした日々を通して

子ども達のいのちの輝きに触れたことから

でこぼこでも真っ直ぐじゃなくても

前に前にと進む力が子どもにはあるよ

そして、子ども達一人ひとりに

よさや才能、その子らしい「天才のたね」が必ずあるよ

ということを、

こころの奥底から信じられるようになりました。

今回は、

心の奥底から信じられるようになったわたしの

きっかけとなった

最初の女の子のお話しです。

 

わたしが先生になったのは、

ポルトガル語の通訳兼日本語指導員として

公立の小中学校8校を巡回指導した時、

20人の外国籍の子ども達に出逢ったからです。

その子ども達の殆ど(ほとんど)が

言葉が分からない

自信がない

笑うことがない

そして、中には

学校を辞めていく子どももいました。

教室の中で笑うことのない子どもに出逢った時も胸が痛んだし

学校を辞めていく子どもに出逢った時も胸が痛みました。

わたしは、胸が痛むたびに、

「こんな現状嫌だ~!納得できない!」

「こんなに力のない、何にもできない自分も嫌だ~!!!」を、

味わいました。

痛みを感じるというのは、

本当につらかったです。

そのつらいっていう感じを否定せずに、

とことん味わったら、

わたしの内側から、

「国籍や家庭環境に関係なく、

才能が開花する方法がきっとある」

という想いがわいてきました。

上手くできるかも分からないし

自分に合っているかも分からないし

不安でたまらなかったけど、

想いがわいてきたから、

37才で先生になるって決めました。

 

最初は、公立の小学校の中にできた

日本語教室の講師としてスタートしました。

教室をお掃除して、教材を準備することからのスタートでした。

そして、外国籍の日本語が話せない子ども達に出逢いました。

子ども達にとって、言葉が分からなくて

学校に来るのは毎日毎日がチャレンジです。

わたしも、目の前の子ども達に必要なことは

今何なのかを見つけて、

その時にできることをやり続けることは、

毎日毎日がチャレンジでした。

分からないことだらけ、

出来ないことだらけの

手探りの状態からのスタートです。

一つ試みては、これは上手くいった…

一つ試みては、これはダメやった…

試行錯誤(しこうさくご)の日々です。

幸いにも、

外国籍の子どもが在籍するクラスの担任の先生と

日本語が分からない保護者の方々との間の

連絡事項や個人懇談でのやりとりに

ポルトガル語の通訳の立場で携わるができたので、

ベテランの先生達の熟練の技を側で学ぶ機会がたくさんありました。

学級経営が上手くいっていて、

言葉があまり通じなくても、

外国籍の子どもを受け入れて

温かな関係性を築いている先生は、

配慮が細やかで、視野が広くて

外国籍の保護者や子どもが何に困っているか

どんな情報を必要としているかを捉えて

支援の手を差し伸べていました。

先ず、その子どもの母語の挨拶を

覚えようという姿勢がありました。

わたしは、この日本語指導の先生兼通訳をしている頃に

「ああ、この先生のされていることは本当に素晴らしいな」

と尊敬する先生にも出逢い、

わたしが子どもの対応でどの手立てがベストなのか悩んだ時には、

先生が転勤された後でも

先生にご連絡して相談し、

お知恵を借りるということをしていました。

 

1学期が終わるころ、個人懇談がありました。

その時は、たしか14人前後の個人懇談の通訳に入りました。

その中の1人、

1年生の外国人の女の子の保護者と

担任の先生の通訳に入った時のことです。

保護者に対して、その担任の先生は

いかにその女の子が出来ないか

いかにその女の子が周りと比べて

学習が遅れているのかを言い続け、

最後には「給食のご飯の食べ方が汚い」と言い

何一つその女の子のよさを保護者の方に伝えないまま

個人懇談が終わりました。

わたしは、その先生の態度に途中から呆れて(あきれて)しまい、

通訳人生初、途中から通訳をしない!放棄(ほうき)!

そのまま伝えるのがあまりにも忍びないので

別の内容を伝えるということをしました。

そして職員室に戻った時に、

その先生が「外国人だから仕方ない子だよね」

と言った言葉にとうとうぶち切れ、

「先生、お話ししたいことがありますから

ちょっといいですか」

と、これも人生初!日本語教室に呼び出すと、

「言葉が分からなくて教室にいることって

それだけでも子どもにとって大変ですよ。

それなのに、1つもその子のいいところや

努力しているところを1学期間一緒にいて

見つけてないなんてどうゆうこと!

こんなにひどい個人懇談、初めて見た!」

と言い放ってしまったのです苦笑…

教員歴20年以上のベテランの先生に向かって

講師1年目の立場で…

ごめんなさい…当時は止められませんでした…自分を…

「外国人だから仕方がない子」

という言葉と態度がどうにも納得がいかず、

ひとしきり家でもぷりぷりとした後で

あっ!と思いついたのです。

外国籍の子ども達は夏休みの間に

ずっと母語で生活をします。

それだと日本語を忘れてしまうかもしれません。

「外国人だから仕方のない子」

という先生の思う壺(つぼ)じゃないか!

だったら、夏休みの間日本語教室開催したらいいかも!

早速、夏休みに子ども達が

学校の図書館に来て勉強する期間を同じように

日本語教室を開催したいと校長先生にかけ合って、

日本語教室を開催することになりました。

校長先生からは登下校に子ども達の安全を考えて、

保護者の方が付き添うことが開催の条件でした。

わたしは、当時2つの学校で日本語教室を担当していました。

1つの学校の子ども達だけで日本語教室を開催するって、

もう1つの学校の子ども達にフェアじゃないから、

もう1つの学校の子ども達もご招待して、

合同で学べるようにしたらいいなと考えました。

課題は車で20分ほどの距離でした。

すると外国籍の保護者の方が車で

送り迎えをしてくれることになりました。

(※注:今はこれが許されるかは分かりません)

徒歩で来る子ども達の送り迎えは、

件(くだん)の1年生の女の子の

お母さんが担当することになりました。

わたしは、せっかくお母さんが送り迎えに付き添ってくれるなら、

日本語の授業の時にも一緒に側に居てくださいと

お母さんにお願いしました。

お母さんが座るためのイスをその女の子の横において、

女の子がひらがなを学ぶところを

見守っていてくださいとお願いしました。

そして、「女の子が出来ない時に、

お母さんは怒ったり叱ったりしなくていいです。

お母さんはただ側で見ていてください」とお願いしました。

お母さんは、毎日子ども達の登下校に付き添い

女の子の横に座って、

女の子が1学期間、教えては忘れ、教えては忘れていた

ひらがなを学ぶところを見守っていました。

普段は言葉の分からないことから

不安でいっぱいの外国籍の子ども達も

日本語教室では、母語が伝わります。

そこで、笑ったり真面目になったりしながら

何だか楽しそうに日本語を学ぶ様子に、

お母さんの緊張もほぐれて、

女の子を優しい眼差しで見守るようになっていきました。

そうやって5日間の夏休みの補習が過ぎたころです。

1学期間、教えては忘れ、教えては忘れていた女の子が

ひらがなを読み始めたのです。

女の子が一つひらがなを言い当てると

お母さんが嬉しそうに女の子を見る…

すると、女の子もお母さんの嬉しそうな顔を見て

一緒に嬉しそうに笑っているのです。

わたしは女の子が急にひらがなを覚えたことにびっくりして、

いったい何が起きたのだろう…

なぜこの女の子は急に日本語を

覚え始めたのだろうと不思議に思いました。

 

その後、わたしは「大脳半球は機能的に右脳と左脳に別れていて、

それぞれ得意分野を分担し、連携、補完しあっている。

右脳と左脳をつなぐ経路が脳梁(のうりょう)である。

この2つの脳は脳梁(のうりょう)を経て情報伝達をしている。

つらい体験をすると本能的に自分を守ろうとし、

右脳と左脳の橋渡しである脳梁も小さくなってしまう。

(つまり情報伝達がされにくくなるから

学習能力が下がるとわたしは理解)」という内容の

脳科学の本を読んだ時に、

なぜこの女の子が1学期間教えては忘れ、

教えては忘れてしまったひらがなを、

お母さんが側に座って嬉しそうにしていたら

急に覚え始めたのか、腑(ふ)におちたのです。

教室の中で亀のように身体をまるめて

縮こまっていた1年生の女の子…

わたしが感じていた以上にすごく辛かったのだな…

そして、日本語教室で母語が通じるところで

お母さんが側にいて嬉しそうな顔を見て

安心したのだな…と思いました。

 

「外国人だから仕方がない子」

と言われた女の子と出逢い

「『仕方がない子』ってどうゆうこと!

『仕方がない子』じゃないんだよ!」

(解説:存在への否定に対してぷりぷりしていた)

と、ヘナチョコなりに奮起した出来事があったからこそ

それから9年後…

教室を飛び出して、

ブランコの横で固まって動かない

「地蔵君」に出逢った時に

「地蔵君」の成長を信じて待つことができました。

そう考えると、

長い目でみた時に、

どの出来事がよくて、

どの出来事が悪いってことは

ないなと思います。

 

今回は

子どもはね

でこぼこでも真っ直ぐじゃなくても

前に前にと進む力があるよ

そして、子ども達一人ひとりに

よさや才能、その子らしい「天才のたね」が必ずあるよ

ということを、

こころの奥底から信じているわたしの

最初のきっかけとなった

女の子のお話しです…

 

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