子ども達との物語

トゲトゲだった「地蔵君」からの思いやりのギフト

学級崩壊のクラスを立て直した翌年は、

教員人生最大級の「飛び出し君」との出会い、

ある組織の女性部長と、

もう1つの組織の女性副部長と、

学校内の研究推進を担当していて、

1日15時間ぐらい働いていました。

そんな頃の3年生3学期の下校時のエピソードから

下校前、「飛び出し君(教員人生最大級の教室にいられなかった子)」に、

「貸した物をちゃんと返して」と言いに行ったら、

「嫌だ、返したくない。渡すものか、ベー」

(解説 その時は絶賛「注目を浴びたい」からの行動中)

それを見ていた、

昨年担任した男の子が、

私に話しかけに来ました。

その男の子との出逢いは、彼が10才の時

彼は、心に苦しさをいっぱい貯めていた「地蔵君」

暴言を吐いたりケンカをしたりして教室を飛び出すと、

ブランコの近くで地蔵のように固まって、

先生が怒ってもなだめても

何をしても、「てこ」でも動かないと

前担任から聞いていました。

そして、前担任への暴言で「地蔵君」が「ごめんなさい」を言うのに、

前担任と教頭先生とお母さんの3人がかりで2時間かかったと聞いた時、

「よっぽど、吐き出せない想いがあるんだな。」

「『ごめんなさい』が無理矢理の嫌な体験で残っているのかな。」と

感じた私は、

「自分から『ごめんなさい』を言ってよかった体験がいるのかも」と考え、

彼の気持ちを聴く事に、それは、それは長い時間をかけた一年でした。

友だちに自分から「ごめんなさい」が言えるようになるまでに約半年かかり、

その時に周りの子ども達は、ずっと1年生から同じクラスなのに、

「Yが自分から謝ったのは初めて見た。」と

びっくりしたぐらい、トゲトゲしかった「地蔵君」でした。

その彼が、「飛び出し君」の態度を見て、

私に言ったことがありました。

「先生、毎年大変だね。今年はそいつで、去年は僕でさ。

だけど,そいつがそんなに物にこだわるのは、

それだけその物に、興味関心があるってことだよ。

長所だと思って、大目に見てあげてよ。」

それを聞いて大笑いしたわたしは、

「大好きだよ、Y君」

と言って握手し、にっこり笑顔で「さようなら」をしたのでした。

そして、何だか、後からジワジワと、喜びが湧いてきました。

聞こえてくる乱暴な言葉や

目に見える憎ったらしい行動とは裏腹に

目には見えない本当に大切な「子ども心」が

隠れている子だっています。

そんな子ども達が時折わたしに見せる、

ほんのほんの一瞬に、

きらりと光る命の輝きを、

見つけて、聴いて、見守って、

ずっとずっと信じて見つめ続けると

いつしか命の輝きが際立っていくのです。

そうやって、

1年を共に過ごした元「地蔵君」から、

当時、頑張りすぎていた私への

優しさと思いやりのギフトでした。

この瞬間を思い出すたびに、わたしは笑顔になれるのです。

謝ることのできない子どもが変わった~「地蔵君」の喜びの花咲く日まで~

(Photo by Emmy)

ABOUT ME
ペンギン先生
ペンギン先生 愛知県在住。元小学校教員。 学級崩壊のクラスを受け持ち、「面倒くさいし」「やりたくないし」「出来ないし」という子ども集団を目の前にして、「何とかしたい」「道を拓きたい」と懸命に試みていたあの頃の私を思い出しながら書いています。 自己肯定感の低い子ども達や家族の心の闇に直面し、「子ども達一人ひとりに、必ず1つは『天才のたね』がある!」「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いを心の灯火に、試行錯誤しながらも課題に1つ1つ取り組み、全国平均76%よりも低かった子ども達の自己肯定感が担任していたクラスでは97%へと向上しました。 このブログを通じて、子供達の可能性を信じる気持ちが波紋のように大人たちに広がることを願っています。

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