ペンギン先生の実践

人は変われる~もう、心が羽ばたいているよ~

4年生のクラスの担任となって

2週間ほどたった頃のこと…

男子の1人が「先生、大変、来て!」

と、血相を変えて教室に駆け込んで来ました。

隣の教室では、次の体育の授業のために、

男子が着替えをしているはずでした。

急いで隣の教室に行くと、

2階のベランダから飛び降りようとしたS君の身体を

2人の男子が大騒ぎして抑えていました。

安全な場所までS君を連れて行き事情を聴きました。

①S君がY君をふざけて叩く。

②痛くて怒ったY君が「S、死ね」と言う。

③S君が「なら死んでやる!」と言って、ベランダから飛び降りようとする。

④それを近くにいた男子2名が取り押さえる。

という状況でした。

この状況から

・S君には「命の大切さ」の指導

・Y君には言葉の指導

・周りの子ども達は、S君の気持ちを配慮して「うわさ」をしないこと

・保護者への連絡と今後の相談

と対応しました。

しかし、一通り対応した後にも、私には大きな疑問が残りました。

同じ1つの出来事でも、人の反応はそれぞれです。

学級崩壊をしていたクラスを引き継いで2週間

チクチク言葉の撲滅運動に取りかかっていましたが、

残念なことに、まだまだ子ども達の口から

「死ね」「うざい」という言葉が日常的に使われているのが現状でした。

その中で、なぜS君が売り言葉に買い言葉のように

『なら死んでやる』と衝動的に飛び降りようとしたのか、

私には、S君の衝動的な行動に至る

心のプロセスがよく分からず、

とても気になりました。

衝動的な行動に出るS君の心の中は

いったいどうなっているのだろう…

私は、S君の心の動きが分かりたくて、

S君の表情や言動、友だちとの関わり方などを

じっと見つめることを始めました。

すると、S君の行動にはいくつかの特徴が見られました。

・学習の際、ガクッと落ち込みやすい

・落ち込むと、プリントをくしゃくしゃにする

・その時に、憎しみの込もったような目つきになる

・漢字練習ノートの字が非常に乱れている

アイディアが豊かで、普段は朗らかな様子のS君ではあったのですが、

漢字の練習ノートの字が非常に乱れていて、

何度S君にお話ししても変わりませんでした。

それまでに出会った子ども達との関わりから、

・「字は心」…普段の朗らかな表情からは一見掴みにくいものの

心配事や不安を心の中に抱えているのではないか

・塾などで忙しすぎるのではないか

・プリントをくしゃくしゃにして

憎しみが込められたような目を私に向けるということは、

身近な大人から否定的な対応をされているのではないか

(否定の連鎖が起きているのではないか)

と、いくつかの予想をしていきました。

そして、またS君の様子をじっと観ることを続けました。

授業中、算数の問題で少しでも分からないことがあると、

ノートに鉛筆でぐちゃぐちゃに書き殴って

顔を伏せることもありました。

図工の作品作りでは、途中で作品をこわし、

恨みがましい目でジトリと見上げることもありました。

途中でやりかけて諦めてしまうS君の様子から

もしかしたら、S君は、

1つ間違えると「失敗した」「もうダメだ」と

思い込んでいるのかもしれない…

と思い至るようになりました。

S君自身に「どうなの」と気持ちを聴いてみました。

しかし、S君自身も心の中のモヤモヤが

言葉で表現できない様子でした。

どうしたら言葉で表現しきれない

彼の心が分かるのだろう…

お空を見上げて、流れる雲を眺めながら考えていたときのことです。

ひらめきました!

S君が言葉で説明できないなら、

S君の感情を「見える化」しよう!

図工の時間の振り返りカードの「理由」に

感情曲線(気持ちを線で表してもらうこと)を

描いてもらうことにしました。

感情曲線とは、「楽しい・嬉しい」時には上に

「悲しい・つまらない」時には下に描くという事だよと

子ども達に説明しました。

すると、授業の途中にやりかけの作品を壊して顔を伏せ、

「どうしたの」と声をかけた私に、

恨みがましい目でジトリと見上げる彼の感情曲線は、

下記の通りになったのです。

授業の時間がまだ十分に残っているのに、

再チャレンジすることなく

「こわれた」から先がありませんでした。

ドンっと下まで急激に落ち込む

S君の心の動きも気になりました。

もしかして、『失敗した⇒ダメなぼく』と

心の中で自己否定が起きているのかな…

と考えました。

努力の過程(プロセス)よりも結果を求められ、

否定されることの方が経験として多いと、

子どもの中に「失敗はダメなこと」

「失敗した自分はダメな自分」と

思い込んでしまう子がいます。

そこで、S君に確認してみることにしました。

S君は算数をとても得意としていました。

「S君、算数で90点だったらどんな気持ち?」

と聞くと、

「なんで間違えたのって叱られる」

と、S君は即答しました。

その後、S君のお母さんとお話しする機会があり、

尋ねてみました。

とても勉強が出来そうなお母さんは

「私が計画した通りに勉強すれば、

テストは100点とれて当たり前なのに

なぜ100点がとれないのかが分からない」

と言いました。

S君の心の状態をよくし、S君に変化を起こすのに、

私は何ができるのかをいつもいつも考えていたときの

このやりとりが、S君への手立てに何をしたらいいのか、

今どう関わることが必要なのかを考えるヒントになりました。

衝動的に2階から飛び下ろうとした

非常に落ち込みやすいS君に必要なのは、

何か出来ない時に一人で悩まないで

「手伝って」や「助けて」と頼む力を身につけて、

再チャレンジすることだと考えた私は、

S君に

「あなたの力になりたいと思っているよ。」

「1人でするのが難しいなという時は、

『分からない』って言っていいよ。」

「『手伝って』と、言えたら花丸だよ。」

と、ことある毎に伝えるようにしました。

できなくて困っている時に、

「僕はダメな子」と思い込んでいる

S君の心を解放したいと考えたからです。

すると図工の時間に、

以前は途中で作品を壊して顔を伏せ、

声をかけても何もやらなかったS君が、

「ここをどうしたらいいのか分からない」

と、わたしに聞くようになりました。

わたしは、S君が「分からない」と言った時には笑顔を向けました。

「分からない」と言った子どもに笑顔を向けるのは、

「分からない」と正直に言ったら

大人に叱られた経験のある子どもに、

「分からない」と言っても大丈夫だと

安心してもらうためです。

そして、2人でこうしてみよう、あーしてみようと

一緒に作業をするようにしました。

一緒に作業をするようにしたのも、理由があります。

「分からない」と言った時に、

誰かが手伝って、楽しかったと感じる経験が

S君に必要だと考えたからです。

その時の彼の感情曲線はこちらです。

作品は何度かこわれ、その度に直し、

最後に、「直そう」と書かれていました。

気持ちも「普通より少し楽しい」で

終わっていました。

以前は、壊れた⇒楽しくないの1回で終わっていたS君は、

作品がこわれても、途中で諦めることなく、

再チャレンジするように変化したのです。

S君のお母さんにも理解していただきたい

S君の心の成長だったので、

この時の感情曲線のプリントを大切にとっておき、

S君のお母さんに見せてお伝えしました。

図工の作品作りの手助けをしている内に、

S君はやがて、びっくりするような

素晴らしい作品を仕上げるようになりました。

もともと、アイディアの豊富なS君だからこそ、

作り上げたい作品のレベルがどうも高かったのです。

本人の達成したいレベルが高く、

でも、まだ技能がそこまで追いついていない。

そして、できなくてドンと落ち込むというところに、

彼の「天才のたね」を感じました。

S君が再チャレンジしたからこそ

S君の才能にわたしは気づくことができました。

だからこそ、1回やってうまくいかないから

「もうできない!」と諦めるのではなく

再チャレンジすることは大切です。

S君のお母さんにお会いした際に、

「彼のアイディアや工夫、芸術的なセンス、とても優れていますよ」

と、彼が作った作品を見せながらお伝えすると

「実は、私、芸術は全然分からないです。

だから、先生が言う彼のよさが私には分からないのです」

とのお返事でした。

勉強の適したやり方においても、

得意とすることにおいても、

お母さんとS君は違うタイプの親子でした。

お互いに思い合っている親子の間で

「ボタンの掛け違い」のような誤解がなぜ起きるのかが

少しずつ紐解かれていきました。

この頃になると、

S君が以前のようにドンと激しく落ち込んで、

諦めてやりかけたまま投げ出すことがへり、

S君の変化に気づいたお母さんが、

どんな言葉をかけたらいいのか、

どう関わったらいいのかを

私に相談してくるようになりました。

S君の成長に必要なことは何かを一緒に考えるようになり、

私もS君への手立てを考えるヒントをいっぱい頂きました。

S君の中で「出来ない⇒ダメなぼく」

という自己否定が少しずつなくなり、

様々な場面で、チャレンジする姿が増えていったのです。

漢字ノートの字も丁寧になっていきました。

私は、S君の心が落ち着いてきたのを感じました。

S君の1番の成長を感じたのは、和太鼓の発表会の時です。

「心を1つに」を合い言葉に、

音や呼吸を仲間と共に合わせる和太鼓の練習で、

彼はどんどんと自分の枠を外して、伸び伸びとしてきました。

私には、クラスの子ども達との忘れられないエピソードがあります。

初めて子ども達と出会った4月

「めんどくさいし!」「やりたくないし!」「できないし!」

を口々に言っていた子ども達が

半年を経た和太鼓の発表会の当日

当初の予想以上に素早く準備をし、

発表の開始前に時間が余りました。

余った時間に、

子ども達がみんな私の周りに集まったので、

「せっかくだから、何かかけ声をかけてみる?」

と私が聞くと、子ども達は口々に

「殻を打ち破れでしょ!」

と言いました。

周りの大人に否定され傷ついた心を殻で覆っていた子ども達…

一緒に過ごす時間は長かったのに、心の繋がりが薄く

バラバラだった子ども達…

半年の時を経て、子ども達と私は肩を組み、円陣となり、

皆でいっせいに声を揃えて、

「殻を打ち破れ!オー」と叫んで、

和太鼓の発表会をスタートしたのです。

その光景に私の心はふるえました。

和太鼓の発表会が終わった後、

S君が、飛行機が旋回するかのように

私のところに走ってやって来ました。

そして、私の目を真っ直ぐに見て、

「先生、ぼくはね、殻を打ち破るどころか

もう、心が羽ばたいているよ」

と言い、満面の笑顔になりました。

それから約1年半後

子ども達の卒業式の前日の日のこと

学校近くの公園で、

卒業式を明日に控えた子ども達が遊ぶ約束をして集まってるよと

保護者の方から連絡をもらいました。

子ども達に会いたい一心で公園に行くと、

私の姿を見つけた子ども達が

次々と私の周りに集まり、

口々にいろいろな話をし始めました。

今回、公園にみんなが集まったのは

S君が「最後の思い出にみんなで遊ぼうよ」と、

呼びかけたと聞きました。

みんなが楽しそうに遊んでいる…

子ども達の心が繋がっている…

1人ひとりの様子を眺めながら、

心の中にじわじわと喜びがわいてきました。

そして、久しぶりに再会した私に、

「先生、僕の夢はパイロット!

大人になったらパイロットになりたいんだ」

と、S君が将来の夢を教えてくれました。

和太鼓の発表会で「もう、心が羽ばたいているよ!」と

私に言った時と同じ笑顔でした。

私の心は深い喜びでいっぱいになりました。

人は変われる
心も羽ばたける

参考 算数の文章題につまずいた子ども達がのびのびの~びた♪~「きちんと」からの解放~

Photo by Emmy


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ABOUT ME
ペンギン先生
ペンギン先生 愛知県在住。元小学校教員。 学級崩壊のクラスを受け持ち、「面倒くさいし」「やりたくないし」「出来ないし」という子ども集団を目の前にして、「何とかしたい」「道を拓きたい」と懸命に試みていたあの頃の私を思い出しながら書いています。 自己肯定感の低い子ども達や家族の心の闇に直面し、「子ども達一人ひとりに、必ず1つは『天才のたね』がある!」「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いを心の灯火に、試行錯誤しながらも課題に1つ1つ取り組み、全国平均76%よりも低かった子ども達の自己肯定感が担任していたクラスでは97%へと向上しました。 このブログを通じて、子供達の可能性を信じる気持ちが波紋のように大人たちに広がることを願っています。

POSTED COMMENT

  1. 魔法使い より:

    とても勇気付けられました。

    「手伝って欲しい」「助けて欲しい」と、人を頼ることができずに、いつも全てを抱え込んで苦しんでいる、全ての大人に読んで欲しい内容です。

  2. pen より:

    魔法使いさんへ
    コメントありがとうございます。素敵な魔法で奇跡が起きて、いつも全てを抱え込んで苦しんでいる全ての大人にS君のお話が届きますように。

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