水びたし事件簿

何かやらかしちゃうのが普通の子どもの姿です。

小学校5年生を担任していた頃
その時の子ども達の様子につい
「キッキキーとイライラするおさるさんに
ガオーっと怒るライオンさんもいるクラスだね~」と言ったら
「あ、ぼくライオン」
「私、さる!ウッキキー」と子ども達が盛り上がり、
「だったら先生は(動物園の)園長だね!」となり、
子ども達が動物気分の時には、「園長」と呼ばれていました。

そんなクラスの子ども達が別教室で図工の時間
図工は講師の先生が担当していたので
誰もいない静かな教室で、心穏やかに宿題ノートをチェックしていた時のこと

廊下の向こうから、バタバタバタという足音とともに
「園長~~~~!大変だ~~~~!園長~っ!」
と長―い廊下を響き渡る声。

「どうしたの?」と言うと、
「園長、直ぐに図工室に来て、直ぐに!」
(へ、何々、どんな動物気分なわけ?)と思いながら、急いで図工室に行くと
あふれ出す水を手で止めている図工の先生の姿がそこに!
近寄ってみると、水を出すためにひねる部分、
つまりハンドル外れていて、そこから水が勢いよくあふれていました。

皆さん、ご存じですか。水があふれ出た時にどうするか。
水が溢れた時はですね、近くの水道の蛇口を全開にして水圧をさげ、
外れたハンドルを取り付けたらいいのですよ。

さて、ハンドルを取り付けて、あふれ出る水が治まると、
図工室がちょっとしたプール状態。
子ども達が右往左往といろんな方向に
雑巾がけをしていても、
水があちらこちらへと流れるだけです。

「う~ん、このまんまじゃみんな水浸しのまま日が暮れちゃうよ。」
と、お空を見た時ひらめきました!
ここは、チーム戦で水退治ですよ。
トホホの気分が少し楽しくなってきました。
「はいはい、今からチームに分けて、水退治しますよ。
はい、上靴ぬいで、靴下ぬいでくださいね。
元気ある子、集まって!
あなたたちは、雑巾床ふきチームよ、一列に並んで、一斉に同じ方向に雑巾がけをします。
ぎゅっと雑巾しぼれる子達よ、集まって!
あなたたちは、床ふきチームからパスされた雑巾をきっちり絞って、またわたします。
他の子は、机の上をピカピカチームです。」と言い、
「はい、ピッピー(笛)スタート」
一斉に雑巾がけをして、ぬれた雑巾をパス。
かたくしぼった雑巾を受け取って、また一斉に雑巾がけをする。
すると、同じ方向に水が流れ出し、
あっという間に水退治ができたのです!

危機を脱出したら、次は何で起きちゃったの?の原因さがし
「あいつのせいだ、あいつがやった!」と何人かの子ども達が言い始めました。
子ども達を呼んで聞いてみると、「立ち歩き君」が水道の蛇口を触っている内に、
水があふれ出たのを見たということでした。
クラスの中に、「やっぱりあいつか、あいつが悪い!」
という雰囲気がじわじわ~と広がっていくのを感じました。
「立ち歩き君」とは、授業中立ち歩いたり、廊下に出てったりする子どものことです。
そして、周りの子ども達は何かがおきると簡単に「あいつが悪い!あいつのせいだ!」
と言いがちなのが気になりました。
「自分たちは正しくて、あいつが悪い」という子ども集団の心の動きには、
イジメの始まりや正しさの陰にある残虐性を感じるので、
私はいつもザワザワとした嫌な気分になります。

「あいつが悪い」というイライラエネルギーが充満した教室は嫌です。

責められることが怖くて、子どもがチャレンジしなくなり、

子ども達の多様な「天才のたね」が育たないからです。

とはいっても、私だって正直、「なんで、授業中に立ち歩いて、蛇口触るんだよ!
余分なことするんじゃないよ~!絶叫!」という気持ちもありました。
が、腹が立つまま「なんで〇〇したんだ」「なんで△△しなかったんだ」
と起きてしまった出来事について子どもを「なんで、なんで」と怒鳴っても、
「本当のところ」が子ども側から出てこなければ、成長に繋がりませんから。そこは経験済みです。

そもそも、私は何よりも「本当のところ」が子どもから出てきた時の、
子どもが変化したり成長したりするきらり輝く瞬間の美しさに魅了されているひとり…
だから、「絶叫!ウキーッ」を感じても、やっぱりここはいつもの方法です。
まずは、深呼吸…そして、本人に話を聞くことにしました。
すると、「立ち歩き君」は、「直そうと思ったんだけど、外れちゃってどうしようかと思った」と言ったのです。
「う~ん、ここは、どうしたものか。」と、心に葛藤が生じました。
「立ち歩き君」の普段の様子と、本人の言い分…
もう一度、目をじっと見つめて聞きました。
「本当に、直そうと思ったの?
「うん、直そうと思ったんだけど、外れちゃった」と、彼は言いました。
彼の本当のところが「直そうと思った」なら、普段の彼の行いから判断するのではなく、今日の彼を信じよう。その方がいいと決めました。
「分かった!」と私は言い、みんなを集めて伝えました。
「彼はね、直そうと思ったのだけど、外れちゃってどうしようかと思ったんだって。
壊そうと思ってわざとやったことじゃないよ。
外れちゃってどうしたらいいか困っていたんだよ。
困っている子をいけません!って、先生は叱ることはできないよ。だからみんなも責めないでほしい。」と、言い放ちました。
すると、図工の先生も
「私もこの子が直そうとしたのを見たよ。だけど、上手くいかないことだってある。先生だって同じことをやったかもしれない」と一緒に言ってくれました。
すると、神妙な顔になった「立ち歩き君」が、「先生、みんなに言いたいことがあります」と言ったのです。
(あれ、みんなに謝るのかな?)と思いました。
様子を見守ると、すっと背筋をのばした「立ち歩き君」が
「みんな、ぼくのためにありがとう!」と言って、頭を下げたのです。
すると「ありがとう」と言われた子ども達は、
「いいよ~」と言って笑って拍手し始めたのです…
私は、「ハテ、いったい子ども達に何が起きたのかしら。」と意外な展開でした。

責めていた子ども達のイライラエネルギーが笑いに変わり、クラスの中の雰囲気がすっかり変わっていました。
相変わらず子ども達というのは私の頭の中の小さくて狭い枠を越えて、
予想外のことを展開させていくからそこがたまらなく面白いなと思いました。

5年生4月の出来事でした。

水にぬれた図工の教科書は、一枚一枚テッシュを挟んで、辞書で重しをして乾かしてもよれよれでした。
教頭先生にお願いして新しく買ってもらうこともできると、保護者にお伝えしました。
多分、子ども達が言ったのでしょう。誰1人新しい教科書を配付してほしいと言ってくる保護者はいませんでした。

1人の保護者は、「娘はこの図工の教科書をずっと大切に使いたいと言っているので」と教えてくれました。

「立ち歩き君」には、その後、ふとひらめいて「あるきっぷ」を発行したら、数枚発行しただけで、立ち歩かなくなりました。

「あるきっぷ」というのは、授業中に「歩いてもいい切符」のことです。

切符を渡して「歩いていいよ」をゆるしたら、「立ち歩き君」は座るようになりました。

 

月日は流れ、卒業式を向かえた子どもからお手紙をもらいました。
そこには、

「6年間の学校生活で1番の思い出は『水びたし事件』です。

みんなの心があの時1つにまとまったから」と書かれていました。

運動会、遠足、学習発表会といろんな学校行事があって、

算数の学力テストでは全国平均のかなり上をいった子ども達でした。

 

なのに、特別な学校行事でもなく、勉強で達成したことでもなく、

みんなと心が1つになったあの瞬間が1番の思い出だと感じる子ども心。

そんな子ども心が、私はとても愛おしいのです。

photo by Emmy

 

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