わたしについて

元気がでなかった時に気づいたこと

先生になった時、「忙しい」という言葉は使わないぞ!と決めました。

「忙しい」は、「りっしんべん(心の意味)」に「亡くす」と書きます。心を亡くしたら子どもに関わることはできないな、心があるから先生をやれる、、と思ったわたしは、先生になったときに「忙しい」という言葉を辞書から削除し、使わないことに決めました。どうやって時間を創り出すかのスキルも磨きました。それでも、どうしたらいいのか分からなくなるぐらいの毎日が続いたことがありました。

組合の女性部長と、もう一つの組合の女性副部長と、校内の研究主任と、学級担任を兼任していた年のことです。通常の学級担任の業務に加えて、校内研究の準備と、組合組織の事務作業がわたしの担当となりました。

組合の仕事はそれぞれの地区から定期的に先生が夜集まって会議が定期的に行われ、教員の労働実態調査やアンケートに関わる事務作業と教員向けの講演会などの企画・運営をするのがわたしの役割でした。普段は接することのない学校外の方々と一緒に、割り振られた初めての仕事を一定レベル以上の質で期限内に遂行しなければならないとういう、暗黙の質と期限の絶対厳守がありました。

初めての仕事、慣れない事務作業にとまどいながらも、どうやってこの仕事量をこなそうかと考えたわたしは、作業が遅れれば対外的に迷惑をかける、対外的な影響の大きい順に作業をしようと最初考えました。そして、1、組合の事務作業 2、校内研究の仕事 3、学級担任として授業の準備・保護者対応と優先順位を決めて、一つひとつこなしていた頃のことです。

わたしは少しずつ少しずつ元気を失っていきました。元気を失って、それまでできたことも億劫(おっくう)になっていきました。この日々の延長線ではいけない!何かがおかしい!でもその何かが何か分からない、、、この閉塞感を打破したかったわたしは、ある講演会に参加しました。わたしはお話しを聞きながら、ハラハラと涙が流れてきました。

「わたし、今、情熱がなくなっている、、心がこんなにも冷たくなっている。冷たくなっていたことにも気づきもしなかった、、、」

何から作業したら対外的に迷惑をかけず、効率がいいかと頭で考えて、優先順位通りに作業をこなすうちに、心の底からやりたい授業の準備や子ども達との関わりに必要な時間を費やせず、無気力に陥り始めていたのです。

「何のためにわたし、、先生になったんだろう、、、」

わたしはそもそもの想いを振り返りました。日本語指導員や日本語適応指導の先生をしていた頃、外国籍の子ども達の多くが進学ができない現状に直面しました。わたしはその現状が不満で、自分に力がないのが悲しくて辛くて、そこから「国籍や家庭環境に関係なく、才能が開花する方法(学び方)はきっとある!」という想いのたねが芽生えて、学校の先生になったのです。そして、崩壊したクラスの担任になって、「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いがわいて実践してきたのに、事務作業ばっかりやって、目の前の子ども達のことに時間を費やせないことが、ほんっとに嫌なんだーーーーーーーーー!!!!!(絶叫)と思うに至ったわたしは、ひらめきました!

だったらね、、、、

優先順位を逆にしよう

自分が大切だと思うことを優先するんです。

対外的に迷惑をかけるからという理由で、情熱の感じない仕事に時間をかけて元気がなくなっていくのなら、1番最初にしていた組合の仕事を最後にする。

そして、最も「やりたい」子ども達とのことを1番最初にもってくる! 

それで組合の事務作業が間に合わないなら、「できん」と言って謝ろう。わたしはそうする!

その日を境に、1、授業の準備と子ども達との関わり、2、保護者対応、3校内研究(←研究好き) 4、組合の事務作業 の順にすると心で決めて、実際、やってみました!すると!

エネルギーが循環しだして、一日に楽しいと感じる時間が増えていきました。わたしにとっては子ども達と関わったり、成長したりする姿を側で感じることが喜びなのです。子どものびっくりした顔、「なんでや」と考え込んでいる顔、「できない」と悔しがっている顔、「できた!」と喜んでいる顔、子ども達の色とりどりの表情や反応を思いうかべながら時間をかけて授業の準備をすることの喜びと充実感が復活しました。すると1日にこなせる仕事量も増えていきました。

優先順位4位となった組合の事務作業についても面白いことが展開しました。組合では能力ではなく役割でやるべき仕事を割り振られていましたが、作業を一緒にしている先生の中に「事務作業は得意だけど、講演会の講師の先生をどう見つけてきたらいいか分からない」と打ち明けてくださる方がいました。「わたし、学校の先生達を元気にする講師の先生を探してくるから、事務作業代わりにお願いできる?」と、こっそり仕事の交換をしました。苦手と苦手を交換して、互いに得意のなことをしたので、チーム全体で提供できるものの質が高まりました。苦手を隠さずに伝えることで、全体で考えた時に最適な事が起きることもあります。「学校の先生達を元気にする」という選択理論でいうところの上位概念もできて、「やらされている」から「やりたい」に変わり、楽しくなりました。

「怪獣母さん」と出会い、

「飛び出し君」が転校してきたこの年

    日本語の話せない外国籍の子もいて、

不登校傾向の子もいて、

何かがあるたびにわちゃわちゃと輪になって話し合い

「本当はどうしたいの?」と問いかけると

最初は応えられなかった子ども達もやがて

「本当はこうしたいだ」と選択し、行動し、

うまくいくと自信になって、

うまくいかないと学びになって

生まれもって優しさと思いやりはみんなもっているから

友だちの笑顔が喜びになって

1人ひとり必ず1つは天才のたねがあるから

得意なことは生かして、苦手なことは助け合って

子ども達の自己肯定感は97%のクラス となったのです。

関連記事:ひとつの勇気

     きっと周りの人達に喜ばれる存在になりますから

ABOUT ME
ペンギン先生
ペンギン先生 愛知県在住。元小学校教員。 学級崩壊のクラスを受け持ち、「面倒くさいし」「やりたくないし」「出来ないし」という子ども集団を目の前にして、「何とかしたい」「道を拓きたい」と懸命に試みていたあの頃の私を思い出しながら書いています。 自己肯定感の低い子ども達や家族の心の闇に直面し、「子ども達一人ひとりに、必ず1つは『天才のたね』がある!」「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いを心の灯火に、試行錯誤しながらも課題に1つ1つ取り組み、全国平均76%よりも低かった子ども達の自己肯定感が担任していたクラスでは97%へと向上しました。 このブログを通じて、子供達の可能性を信じる気持ちが波紋のように大人たちに広がることを願っています。

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です