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「飛び出し君」との出会い
秋の運動会が終わった頃に、1週間に2時間、教室にいるかいないか分からないという「飛び出し君」が転校してくることになりました。初めて出会った時の「飛び出し君」は、校長室のソファーにあぐらをかいて、「大人なんか信じられるものか!」とばかりにトゲトゲチクチクエネルギーを大放出している9歳の男の子でした。
転校1日目 さっそく教室を飛び出す
転校1日目の1時間目
新しい学校で、新しい自分でスタートするはずだった「飛び出し君」は、最初の5分で、「うるせ~ばばあ、ぶっ殺す」と言い放ち、教室の外へと走り出しました。その姿はまるで、人への恐怖と不安でいっぱいの怯えた(おびえた)野良犬のようでした。
転校初日の2時間目
少人数の算数を担当するパワフル先生が、授業中、「飛び出し君」をものすごい目つきでにらみつけ、授業後「あいつの好きな様にさせとくの。折角ここまで来たクラスが、あいつのせいで、メチャクチャにされる。」と、凄まじい剣幕でわたしに向かって怒鳴りました。わたしは「彼には居場所が必要だから、排除はしません。クラスに入れます。よい手立てを一緒に見つけていきましょう。」と、パワフル先生の剣幕に押されながらも自分の想いを伝えました。
スタンフォード大学の心理学者ケリー・マクゴニガル著「最高の自分を引き出す法」の本に「ストレス(闘争・逃走)反応は、『やる力』『やらない力』『望む力』をつかさどる前頭前皮質の活動を停止させてしまう」という一節があります。わたしは、怯えた野良犬のような「飛び出し君」の姿にもしかしたら「飛び出し君」は、新しい環境や大人が怖いのかもしれないな。そして、「飛び出し君」を睨んだり(にらんだり)怒鳴ったりする先生も「飛び出し君」のことが怖いのかもしれないなと仮説を立てました。
「飛び出し君」の居場所つくり
教室を飛び出したり、暴言を吐いたり、暴れたりする姿からは分かりにくい、「友だちがほしい」「独りは寂しい」「新しい学校で新しい自分になりたい」という「飛び出し君」の心の奥の奥底にある「小さな声」に応える最初の仲間は3人の子ども達でした。子ども達と話し合って、「飛びだし君」に優しくできる女の子、その女の子を応援する男の子、心が平和な男の子の3人でチームを創りました。
そして、教室の前から2列目と後方に一つずつ、「飛びだし君」のための机を2つ用意しました。机を2つ用意したのは、「飛びだし君」が学習に参加出来るときには子どもチームと共に2列目の席に座り、「飛び出し君」が学習に参加出来ない時には周りの子ども達の視界に入りにくい後方の席に支援員の方と共に「飛びだし君」が選んで座れるようにするためです。後ろの席は、折り紙を折ったり、本を読んだり、塗り絵などをしたりして「飛び出し君」のペースで過ごしてもいいスペースにしました。
転校2日目の下校時
下駄箱に置いてあった女の子の靴がありませんでした。「靴が庭に落ちていた」と言って「飛びだし君」が靴をもってきた時の様子が何だか変に感じました。「話したいことがあったら話しにおいでね」と伝えると、その日の夜遅く、学校に「飛びだし君」が現れました。「飛び出し君」に、「女の子の靴を隠したの?」と聞くと、「飛び出し君」は、友だちになりたいと思って話しかけたのに、無視されたことに腹が立って、靴を庭に投げたことを認めました。その時に、「母さんに言わないで。言うと父親に言われるから、絶対言わないで」と必死に頼んでくるのです。この様なことがあると学校から保護者に連絡を入れるのが常ですが、この時の「飛びだし君」の様子に、わたしは判断に迷いました。迷った上で、「分かった。正直に言ってくれたから言わない。ただ、嫌な気持ちをさせた女の子には、お話しをする機会をつくるから、自分がしたことを自分の口から伝えてほしい。」と伝えました。「飛び出し君」は「分かった。」と言いました。
夜遅かったので「飛びだし君」を家の近くまで送っていくと、別れ際「先生も気をつけて帰ってね」とわたしに言ったのです。「飛び出し君」の優しさに触れた最初の瞬間でした。
転校3日目
国語の授業中「ちいちゃんのかげおくり」を学習していた時のことです。戦争で家族みんなが亡くなり、ひとり遺されたちいちゃんが、再び家族に会えた場面について話し合いをしていました。「家族に会えたから、ちいちゃんはうれしかったと思う」という意見の後で、後ろの席に座っていた「飛び出し君」が初めて挙手したのです。そして、「本当のお父さんとお母さんだったら、子どもに生きていてほしいと思っているはずなのにちいちゃんまで死んでしまった。家族に会えても嬉しくない。」と意見を述べたのです。周りは一瞬静かになり、それから「ほう~」という声がでて、子ども達は拍手をしていました。
給食の時間の後に、靴を隠した件で「飛び出し君」と女の子との話し合いの場をつくりました。朝ご飯を食べずに学校に来る子どもの中には、午前中イライラとして、本当の気持ちからではなくイライラからケンカを引き起こす子どもがいました。だから、ケンカの仲直りには給食の後の方がうまくいきました。「飛びだし君」は、「仲良くなりたいと思って話しかけたのに、ぼくのことさけるから、怒って靴を投げました。ごめんなさい」と、女の子に伝えました。「飛びだし君」の率直な態度に女の子も「悪い言葉を使うから、怖かった。だからさけちゃった。」と本音が出ました。「ぼくも本当は悪い言葉を直したい。」「だったら、直したらいいじゃないの。」と言い合った後、2人は顔を見合わせて笑うと、一緒に遊ぶようになりました。
転校4日目
熱を出して休みました。
転校5日目
イライラとして、暴言を吐いた後で、「先生、ぼくには、いい心は少しあるけど、悪い心がいっぱいだから、先生がどんなにがんばったって、ぼくはいい子にならないよ。」と苦しそうに言いました。わたしは「大丈夫だから」と伝え、その後でお話しする時間をとるとホッとした様子をみせ、やりたがらなかった逆上がりの練習に参加しました。
転校2週間目
弟におもちゃをぶつけられて出血したので休むと連絡がありました。その翌日、「飛びだし君」はイライラトゲトゲエネルギー全開で登校してきました。「先生は、おれの気持ちがわからんのだ!!!」と大荒れでした。1時間目は他の先生の授業だったので、別の空き教室でお話しをしたり、雪合戦のふりをして一緒に遊んだりすると、すこし心がほぐれてきた様子になりました。そして、「夢の話しなのだけどね、ぼくの心は2つあって、悪い心の地獄のレッドとよい心があってね、今のぼくは地獄のレッドにとりつかれているのだ。退散させられないから、おはらいしてもらうことが何度かあった。鏡を見たら、そこに、レッドがいて、ぼくを鏡の中に入れるのだ。でもね、そのレッドはね、結局友達がほしかっただけなのだ。」と「飛びだし君」が語るのを、うなずきながら聞きました。そして、「この学校に来て、心に刺さっていたとげが30本は抜けたけど、まだ1500本ささっているんだ。」と「飛び出し君」が言うので、「友達がいると、心があったかくなる?」と問うと「うん、あったかくなる。ずっと心が冷たかったから、友達のこと考えると、あったかくなる」と「飛び出し君」は笑顔を浮かべて自分の胸をさすりました。やっと落ち着いてきたので、「教室に戻ろうか」と促すと「うん」と行って、みんなのいる教室へと戻りました。後日、「飛び出し君」の頭のケガは、父親が「飛び出し君」を殴ったからだと分かりました。
転校3週間目
前の学校では担任の先生から「何かあったら責任がとれない」と言われて、「飛び出し君」は遠足に参加出来ませんでした。教室の中にいるようにはなったものの、「飛び出し君」が遠足に行くにはいくつかのハードルがありました。まず、クラスのみんなと「飛び出し君」も参加できる遠足のグループを考えました。同じグループの子ども達は納得しましたが、同じグループになった子どもの親同士が犬猿の仲でした。そこで、同じグループになった子ども達の保護者一人ひとりに、それぞれの保護者の方々からの要望を聴き、こちらが準備できる対応策を伝え、了承を得るのに2時間程かけました。
秋の遠足の当日
「飛び出し君」は、半分グループ行動し、半分支援員さんと2人でまわることになりました。そして、お弁当はみんなと一緒に食べました。その時のことです。笑顔をわたしに向けたかと思うと、「まあ、先生はみんなに愛されているんだね」と言って、うまい棒のチーズ味をくれたのです。すると、それを見ていた周りの子ども達からもいっせいに「先生、食べて、食べて」とわたしの手の平いっぱいにお菓子が集まりました。ずっと「飛び出し君」に関わり続ける私に、「飛び出し君」からの「ありがとう」と、子ども達からの励ましに感じました。
「飛び出し君」の本当の気持ち
「飛び出し君」への対応に難しさを感じながら、子ども達と共に大波小波の日々を過ごした3月の初旬のことです。掃除の時間「飛び出し君」が教室にいませんでした。学校の中を探していたら、中庭で給食のゼリーを食べながら、日なたぼっこをしている「飛び出し君」を見つけたのです。とても穏やかな表情をしていました。ああ、彼の日々の中で、この穏やかな時間はとても貴重だなと思ったわたしは「掃除の時間だよ」と言う気持ちが失せ、「わたしもちょっといいかな」と言って、「飛び出し君」の隣に座って一緒に日なたぼっこを始めました。周りの子ども達も何も言わず「飛び出し君」とわたし2人にしてくれました。
2人でひなたぼっこをしながら転校してきた頃に暴れた後で、「悪い心にのっとられている」と言っていた彼の心…今はどうなのかなとふと思い、「悪い心と良い心、今はどうなの?」と聞いてみました。すると、「最近は、どっちの心も混じり合っていて、僕の心が戦わないから、ずっとスッとしているんだ。先生、知っている。風にはにおいがあるんだよ。今は春のにおいがする。」そう言って彼は目を閉じて、風のにおいをかぎました。前の学校からの引き継ぎにあった友だちへの暴力が一度もなかったことに気づきました。別の学年の子とケンカになって殴られた時も、「飛び出し君」はやり返すことをしなかったのです。そこで「飛び出し君」に、「友だちを叩いたり、蹴ったりしていた暴力を、この学校ではやらなかったね。どうして我慢ができたの。」と聞いてみました。「飛び出し君」は、「前は友だちが全然いなくて不安だった。今は、いろいろ周りがかまってくれる。安心するから我慢ができるんだ。」と言いました。
「飛び出し君」に対応してみて分かったこと
転校初日の1時間目…..最初の5分で「うるせ~ばばあ、ぶっ殺す」と言い放ち、教室の外へと走り出した時の「飛び出し君」は、人への恐怖と不安に怯えた野良犬のようでした。
転校初日の2時間目…..パワフル先生から凄まじい剣幕で怒鳴られた時、わたしは、「彼には居場所が必要だから、排除はしません。」と言った後ですぐに、「飛び出し君」が少しでも安心するようにと手を繋いで職員室に行き、1人ひとり先生達を紹介していきました。
あの時にパワフル先生に言ったことと、その後すぐにやったこと
約5ヶ月を経て、「飛び出し君」から「安心できるから我慢ができる」という言葉を聞いて初めて、パワフル先生と立場を異にしても、「飛び出し君」に安心感を与えることを最優先に対応したことが、トゲトゲチクチクエネルギー全開で荒々しかった「飛び出し君」がこんなにも穏やかな表情を浮かべる様に変化するきっかけになったんだと分かりました。
もし、「飛び出し君」が転校してきた初日にパワフル先生と共に、「飛び出し君」をにらみつけてその後で直ぐにやったこと力で押さえつけようとしたら、恐怖と不安でいっぱいになった、「飛び出し君」は前の学校でやっていた様に暴れまくっていたことでしょう。
「飛び出し君」にとって安心する関わり方はいったい何だろう正解かどうかなんてやってみないと分からない問いを懸命に考えて一瞬、一瞬の判断をし行動する日々でした。「『飛び出し君』に居場所をつくりたい」という想いと小さな選択の一つひとつの積み重ねの先に、「飛び出し君」との穏やかな日なたぼっこがあったのです。2人並んで日なたぼっこをしながら、春の風を感じたあの瞬間…..全てが報われたと思ったのでした。
おわりに
3月の初旬になって、ぽかぽかと温かくなると、「飛び出し君」とひなたぼっこを一緒にしたときの、「飛び出し君」のあの穏やかな表情を思い出します。
「飛び出し君」のように一見、乱暴な言葉や態度をする子どもほど、寂しかったり、理解を求めていたりします。言葉や態度からは本当の気持ちが分かりにくいからこそ、「飛び出し君」が心を開いて語ってくれたことを、わたしは大切にして伝える必要があると思うのです。
それからもう一つ。誰か1人を排除するクラスにいる子ども達は、次は自分かなぁと感じて不安になります。「飛び出し君」を排除しないことが、子ども達みんなに居場所のあるクラスとなり、子ども達への安心感になるとは、実践してみて初めて分かりました。
「飛び出し君」が語った言葉を綴った記事です。
「飛び出し君」への具体的な対応策についての記事です。
「飛び出し君」と共に過ごした子ども達の様子についての記事です。
「飛び出し君」と子ども達のきらめくいのち~まあるくなあれ 環になあれ~