「飛び出し君」の春風

教員人生最大級の王者「飛び出し君(※1)」と

(※1 教室を飛び出して戻ってこない子)

出逢って5か月目の2月頃のこと

掃除の時間に気付いたら、

「飛び出し君」がいない。

 

学校の中を探していたら、

給食のデザートを美味しそうに食べながら、

お庭でひなたぼっこ中の彼を見つけた。

穏やかな表情の彼を見て、

「掃除に行きなさい」と言う気にもなれず、

隣に座り、2人でぽかぽかひなたぼっこを始めた。

2人で日なたぼっこをしながら、

彼と過ごした日々を思い出していた。

 

初めて出逢った彼は、

校長室のソファーの上あぐらをかいて、

「大人なんか信じるもんか」

と、ハリネズミのように体を膨らませ、

トゲトゲエネルギーを放っていた。

 

転校初日の1時間目

「うるせ~」「ばばあ」「ぶっ殺す!」

と言って、教室から飛び出す彼が、

人への恐怖と不安でいっぱいの怯えた野良犬のように感じた。

彼をすごい目つきでにらみつけていたパワフル先生に、授業後

「あいつの好きな様にさせとくの?折角ここまで来たクラスが、

あいつのせいで、メチャクチャにされる。」

と、凄まじい剣幕で怒鳴られた。

 

「彼には居場所が必要だから、排除はしません。

クラスに入れます。よい手立てを一緒に見つけていきましょう。」

と、私は震えた声で言い返した。小さな声だったけど、これは私の決意。

 

少しでも彼が安心するように、

手を繋いで職員室に行き、1人1人先生達を紹介していった。

 

1週間後

「ぼくはね、良い心もあるけど、

悪い心にのっとられているから、

先生がどんなに頑張ったって、

よい子にはなれないよ。」

教室の中で暴れた後に彼は、そう言った。

彼の言葉を聞いて、クラスの子ども達に緊張感が走った。

本当は、「うわ~~~」

と、なりそうな自分の心を意志の力でぐっと抑えて、

「だいじょうぶ♡。先生は諦めないから。」

と、精一杯の笑顔で言うと、教室の雰囲気が緩んだ。

 

その日の体育、

「悪い心がいっぱいあるように思えないよ。

今、がんばっていることがいっぱいあるでしょ。」

と言うと彼はホッとした様子を見せ、

最初やりたがらなかった逆上がりの練習をみんなと一緒に始め、

友だちの手を借りながら、

生まれて初めて逆上がりができた。

「できた!できた!先生、できた!」

子ども達が

「よかったね!」と言って、拍手をした。

 

子ども達がすこしずつ、「飛び出し君」を受け入れ始め、

放課の時間に一緒に遊ぶ姿が見られるようになってきた。

 

2週間後

「この学校に来て、 心に刺さっていたとげが30本は抜けたけど、

まだ1500本ささっているんだ。」

と彼は言った。

トゲトゲだらけの「飛び出し君」の心…

すこしでも心がゆるまるといいなと感じて、

友達ができはじめた彼に、

「友だちがいると、心があたたかくなる?」

と聞いてみた。すると

「うん、あったかくなる。ずっと冷たかったから

友だちのこと考えると、あったかくなる。」

と胸に手を置いて彼は言った。

この時の彼の笑顔、今でも忘れられない。

ずっとずっと、彼は友達がほしかったんだな…

 

3週間後

転校前の学校では、担任の先生から

「何かあったら責任がとれない。」と断られて遠足に行けなかった彼。

どうしても一緒に遠足に行きたい彼のために、

クラスのみんなとグループを考え、

同じグループになった子ども達の保護者に、

約2時間かけて1人ひとり電話をし、

対応策と方針を伝えた。

 

遠足の当日、クラスのみんなと一緒に行けた彼は、

「まあ、先生はみんなに愛されているんだね」

と言って、うまい棒のチーズ味をくれた。

他の子ども達からも、

「食べて、食べて」

とお菓子がいっぱい集まった。

 

彼が放つトゲトゲエネルギーに、

「もうこれ以上我慢ができな~~~~い!」

と言いながらも、気を取り直して、

「次はこの手だ!どうだ!」

と、何とかしようとする私に、

「飛び出し君」からの「ありがとう」と、

子どもたちからの応援に感じた。

 

1ヶ月後、

彼が、ずっと教室にいるようになった。

そして、

「ぼくも変身しているよね。がんばれたよね」

と言い始めた。

それでも、家で辛いことを抱えて学校に来ると、

暴れて物にあたったり、

暴言を吐いたりすることはあった。

 

私に向かって暴言を吐いた日は、

下校(帰る時間)になっても、

なかなか教室から帰ろうとしないことがあった。

 

そんなある日のこと、

下校の時にまだ「飛び出し君(T君)」が残っているところで、

「先生は、T君にチクチク言葉を言われて、

心は大丈夫?傷ついていないの?」

と、Y君が心配そうに私に言いにきたことがあった。

Y君の優しさに気持ちが緩んで、

ナミダが出そうになったけど、

バツの悪そうな表情を浮かべた「飛び出し君」を目の端でとらえた私は、

「だいじょうぶなの」

笑顔で答え、

「T君、明日も元気でおいでね」

と、いつものように笑顔を向けて言った。

するとY君が、

「僕にはね、T君が先生に許してもらって癒されているようにみえる」

と言った。

「飛び出し君」の表情が緩んだ。

私は、子どもの心は何と柔らかで優しいのだろうと思った。

 

そんな「飛び出し君」が一度、

大声をあげで泣いたことがある。

友だちとケンカをして気が収まらず、

教室を飛び出した後で、

なかなか教室に帰れなかった時のこと

「あいつのいる教室は嫌だ!!!!」

と廊下で叫ぶT君に向かって、

「私があなたに教室に居てほしいんだから!!!!」

と、大声で言い放った時だ。

一瞬ぽかんとした顔をした後で、

「飛び出し君」は声をあげで泣き始め、

ひとしきり泣いた後で

「先生、ごめんなさい」

と言って、スッと教室に戻っていった。

ずっとずっと、誰かに言ってほしかった言葉だったのかもしれない。

 

彼が転校してきてから怒濤の5ヶ月を経ての

いっしょに日向ぼっこ…

転校してきた頃に、

悪い心にのっとられていると言っていた彼の心が、

今はどうなのかなとふと思い、

「悪い心と良い心、今はどうなの?」

と聞いてみた。

 

すると彼は、

「最近は、どっちの心も混じり合っていて、

僕の心が戦わないから、ずっとスッとしているんだ。

先生、知っている。風にはにおいがあるんだよ。今は春のにおいがする。」

 

混じり合っていて心が戦わないから…春のにおい…

彼は何て素敵な表現をするんだろう…そう思いながら

目を閉じて風のにおいをかぐ彼と、

一緒に目を閉じて、春のにおいをかいだ。

 

出逢った時の彼は、人への恐怖と不安に怯えた野良犬のようだった。

そんな彼と今は、一緒に日なたぼっこかぁ…

 

前の学校からの引き継ぎにあった、友だちへの暴力が一度もなかった。

かぁっとなるタイプの子どもが我慢ができることは、

彼の成長の階段を登っていること…

 

「友だちを叩いたり、蹴ったりしていた暴力を、

この学校ではやらなかったね。どうして我慢ができたの?」

と聞いてみた。

すると、

「前は友だちが全然いなくて不安だった。

今は、いろいろ周りがかまってくれる。安心できるから我慢ができる。」

と彼は答えた。

 

出逢った時には、1500本のとげがささった心で、

とげとげの心のままに暴れていた「飛び出し君」に、

心があったかくなる友だちと安心する居場所ができて、

春が来たお話し。

 

「飛び出し君」の具体的な対応策についてはこちら

「飛び出し君」の処方箋

 

 

 

 

 

 

 

 

photo by Emmy

 

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