子ども達との物語

旅立ちの日を迎えて

卒業式を間近に控えた時のこと

以前務めていた学校の校長先生に担任をしていた子ども達の卒業式に出席をしたい旨を申し出たところ、「混乱するので認められません」と断られました。

子ども達に会いたい。

卒業を祝いたい。

そんな気持ちでいっぱいだったわたしは、出席できないことがとても悲しく、怒りすら覚えました。心の中が分かれて、ケンカをしているような状態になりました。このままだと、学校にケンカを売ってしまう、、、それはやりたくない。そこで何を大切にするかとじっと考えました。子ども達の卒業を祝福することだと思い至ると、「公園で集まっているはず」と保護者の方からメッセージがきました。

子ども達に会える!

その一心で公園に行くと、クラスの子ども達みんなが公園に集まって遊んでいました。わたしの姿を見つけると、次々にわたしの周りにやってきて、離れていた1年間に何があったのかをお話ししてくれました。

「みんなで集まれるのは最後だから、最後の日に一緒に遊ぼう!」と、声をかけたのは、4年生の4月、友だちとの言い合いから衝動的に2階から飛び降りようとした男の子でした。秋の学習発表会では、「心が羽ばたいているよ!」と満面の笑顔でわたしに言った彼は、クラスのリーダーとなっていました。(記事:人は変われる~もう、心が羽ばたいているよ~

3年生の頃、教室を飛び出すとブランコの横で固まって動かなかった「地蔵君」は、お別れ会の時に「みんなありがとう」と言い、女子全員が泣いた話しも聴きました。(記事:「地蔵君」の喜びの花が咲く日まで

「何かをやろう!」というたびに、「無理~!」と言っていた女の子は、「あの頃の自分にしっかりして!と言いたい」と言っていました。(記事:学級崩壊したクラスを再生する~愛おしいを育む居場所~

3年生で学級崩壊し、4年生の4月には心がバラバラだった子ども達が、卒業式の前日にみんな集まって公園で遊んでいる光景に、わたしは嬉しさで胸がいっぱいになりました。

一方で、今でも思い出すと胸が痛む思い出もあります。

「先生、明日の卒業式、来れる?」

と、Mちゃんがわたしに聞きました。Mちゃんというのは、「温かな家族のようなクラスを創る!」という想いのきっかけとなった女の子です。4年生の秋の学習発表会の時に、お母さんが仕事で来られないのを「私たちのために働いているから」と、本当は来てほしいということを我慢して言わなかったMちゃんは、普段から人に何かを頼むことが少ない子でした。そのMちゃんから「先生、卒業式には来てね。必ず来てね」と言われていたのです。わたしはMちゃんに「卒業式に行けない」と伝えることを辛く感じました。本当はMちゃんの望みを叶えて、子どもの頃から自分の気持ちを我慢することの多かったMちゃんに、「気持ちを我慢しなくてもいいんだよ」と最後に伝えたかったのだと思います。いつの日か、Mちゃんの人生に「自分の気持ちを大切にしたらいいんだよ」と伝える人が現れることを願っています。(記事:Mちゃんの笑顔

公園での別れ際、子ども達から差し出された黄色い帽子に、わたしは「幸せに」の言葉を贈りました。子ども達がそれぞれに幸せな人生を生きる、それ以上の望みはないなと思ったからです。

あれから3年

公園に集まっていた子ども達は、中学校を卒業しました。

旅立ちの日を迎えて、

自分の存在と同じぐらい、もしくはそれ以上に大切だと感じる存在に出逢えたこと。

何て幸せな人生なんだろうと改めて思いました。  

(2020年春分)

Photo by Emmy

ABOUT ME
ペンギン先生
ペンギン先生(たかはし あやお) 愛知県在住。元小学校教員。講師。(近い未来)作家。 学級崩壊のクラスを受け持ち、「面倒くさいし」「やりたくないし」「出来ないし」という子ども集団を目の前にして、「何とかしたい」「道を拓きたい」と懸命に試みていたあの頃の私を思い出しながら書いています。 自己肯定感の低い子ども達や家族の心の闇に直面し、「子ども達一人ひとりに、必ず1つは『天才のたね』がある!」「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いを心の灯火に、試行錯誤しながらも課題に1つ1つ取り組み、全国平均76%よりも低かった子ども達の自己肯定感が担任していたクラスでは97%へと向上しました。 このブログを通じて、子供達の可能性を信じる気持ちが波紋のように大人たちに広がることを願っています。

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