心と対話と物語

無限の可能性と幸せの紡ぎ方

「子ども達には、無限の可能性がある」
わたしは、この言葉を高校生の頃に
初めて聞いた時からずっと
「無限の可能性っていったい何だろう」という
問いをもっていました。
そして、小学校の先生になって、
子ども達との日々を通して、
子ども達にとって
「無限の可能性がある」というのは、
子ども達がきらめく瞬間、瞬間を見つけて、
色とりどりの美しい絨毯になるのか、
子ども達をダメだと決めつけて、
黒く沈んだ色合いの絨毯になりのかは、
子ども達とわたしの間で織りなす
紡ぎ方しだいだなと考えるようになりました。

私が小学校の先生をしているとき、

学級崩壊したクラスを引き継いで

担任したことがあります。

そこで知り合った子どもたちは、

「やりたくない」「めんどくさい」「できないし」

口癖でした。

でも、その奥には

「やりたい」「チャレンジしたい」「諦めない」という

純粋な気持ちが眠っていることを、

私は感じていました

純粋な子ども達の心が、

身近な大人によって否定されて傷つくと、

9才や10才、もっと小さな子どもでも、

身を守るために顔色をうかがったり、

無気力を学んでしまったりして

自ら何かをするということを

諦めていくのだということを

彼らとの出会いを通して知りました。

それと同時に、

可能性を諦めてしまった子ども達でも

温かな関係性を通して再生することも

その時に出逢った子どもたちの姿を通して学びました。

今でも、人生の中で最大の喜びの1つは、

子どもたちが再生のプロセスの中で

徐々に見せた生命の輝きに触れたことです。

たとえば、11年間の教師人生の中で出会った、

対応の難しい「飛び出し君」

(授業中にすぐ教室を飛び出してしまう児童のこと)が語った、

子ども心がもつ豊かな感性のきらめき。

(参照 「飛び出し君」の春風

学級崩壊を経験して無気力だった子どもたちが、

再生して、「その子らしさ」を思い切り

表現したときのまぶしいばかりの光。

子ども達が放つ輝きは、その瞬間・瞬間の

一瞬のきらめきです。

一筋の流れ星を見つけた時のように、

子どもが放つ輝きを捉えたときには、

心が喜びに震えました。

「めんどくさいし」「やりたくないし」「できないし」が

口癖だった子ども達の一瞬の煌めき、点と点

その点と点とを、

子どもと私の関係性の中で子どもと私の間で

どう紡いでいくのか

それはそれは何通りもの紡ぎ方があるから、

人には無限の可能性があると

いえるのではないかと思います。

どの瞬間の点に意識を向けるかによっても、

日々の色合いも、子ども達の成長も変わってきます。

私は、「天才のたね」を見つけて、

喜びになるカタチを子ども達に提案するのが、

とても好きでした。

そして、苦手なことや出来ないことは、

人に居場所を与えるし、

思いやりを育てる場になることも、

子どもの姿を通して学びました。

そんな日々の中で見つけた、「無限の可能性」

子ども達がきらめいた瞬間、瞬間については

下記の記事へ

  (Photo by Emmy)

ABOUT ME
ペンギン先生
ペンギン先生(たかはし あやお) 愛知県在住。元小学校教員。講師。(近い未来)作家。 学級崩壊のクラスを受け持ち、「面倒くさいし」「やりたくないし」「出来ないし」という子ども集団を目の前にして、「何とかしたい」「道を拓きたい」と懸命に試みていたあの頃の私を思い出しながら書いています。 自己肯定感の低い子ども達や家族の心の闇に直面し、「子ども達一人ひとりに、必ず1つは『天才のたね』がある!」「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いを心の灯火に、試行錯誤しながらも課題に1つ1つ取り組み、全国平均76%よりも低かった子ども達の自己肯定感が担任していたクラスでは97%へと向上しました。 このブログを通じて、子供達の可能性を信じる気持ちが波紋のように大人たちに広がることを願っています。

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