ペンギン先生の実践

危うさを抱える「頑張り屋のいい子」~Sbタイプの子どもたち~

「頑張り屋のいい子」に気づくきっかけ

教師になった頃のことです。

担任をしていたクラスの女の子が

わたしの前で泣きながら訴えたことがありました。

「家に帰っても一人でご飯を食べている。

朝ご飯のとき、お母さんが疲れて朝起きないから、

一人でパンを焼いて食べている。

夜ご飯も一人で食べている。

一人が寂しくて、仕事中のお父さんに泣いて電話したことがある。」

という内容でした。わたしは胸の奥がきゅーっとしました。

子どもの心の痛みを感じたのです。

その女の子はわたしに、

「今度の個人懇談で、先生からお母さんに言ってほしい。

一緒にご飯を食べてほしいと言ってほしい。」

と願っていました。

個人懇談の当日、

エトロ(高級ブランド)のスカートを美しく着こなした

某一流企業にお勤めのお母さんにお会いし、

おずおずとお話しすると、案の定

「家庭内のことですから」と反発され、

結果、女の子が一人でご飯を食べる日々は変わりませんでした。

一人でご飯を食べることを、「孤食」といいます。

泣いて訴えた女の子のどこか心がポキンと折れてしまいそうな

危うい印象がずっと心に残り、

もっと違ういい方や伝え方ができたのではないかと、

自分の力不足を悔やみました。

その女の子が漢字の50問テストで98点をとった時のことです。

「先生、採点間違っています。」と言って

わたしのところに漢字テストをもってきたことがありました。

わたしは、私自身がよくミスることを自覚しているので、

いつもなら「間違えていたね、ごめんね」とその場で直すのに、

そのときはその子の様子に「何だか変だなぁ」と感じ、

「テストを預かっておくね」と、一旦保留にしました。

「どうしたものかな~」と考えていると、

その女の子の席の近くの子が

わたしのところにソッとやってきて

「ぼく、〇〇ちゃんがけしゴムで消して

書き直すところを見たよ。」と教えてくれたのです。

「ああ、何だか変だなぁと感じたことはこれだったか。」と思い、

女の子を呼んで「本当はどうなの?」と聞くと、

彼女は泣きだして、

「お母さんから100点採れて当たり前って言われていて、

がっかりさせたくなくて消しゴムで消して直した。」

と打ち明けられたのです。

その子は帰りの会が終わった後に、

最後まで教室に残って

なかなか帰ろうとしない子どもの一人でした。

わたしは、この女の子との出来事がきっかけで、

・一人でご飯を食べることと子どもの育ちへの影響とは。

・100点じゃない(=完璧じゃない)と大人をがっかりさせると

子どもが思い込むのはなぜなのか。

・周りからは「いい子」だから「大丈夫」と思われているのに、

心がポキンと折れてしまいそうな危うい感じがする子どもの存在

早い段階で気づいて周りの教師と共に見守る方法はあるか。

と、考えるようになりました。

こんな時のわたしは、

「まるで牛のようだ」と自分でも思うくらいです。

牛は、一度飲み込んだ食べ物を再び口の中に戻して、

もぐもぐ、もぐもぐと口をいつも動かしています。

わたしも「こうゆうことかな」と考え、

やっぱり納得できないなぁと思うと

もう一回別の視点から考え、

それを何度も何度も繰り返し、

咀嚼(そしゃく)しました。

「基本的自尊感情」との出会い

わたしの長年の問いに一つの答えを導いたのは、

近藤卓先生の「基本的自尊感情」の考えに出会ったことがきっかけでした。

自己肯定感が低く、

自分の「いいところ」や得意なことが分からず

将来に夢や希望を抱けない

子ども達集団を目の前にして、

いったい何をしたらいいのか、

いったいどう理解したらいいのかと、本当に悩んで、

日々探求と試行錯誤をしていた時に

近藤卓先生の「基本的自尊感情」の考えに出会いました。

近藤卓先生は、自尊感情を2つに分けて捉えていました。

社会的自尊感情は、ほめる・認める・評価する・成功体験を積ませるなど、

状況や状態に支配される、ふくらんんだりへこんだりする不安定な感情です。

基本的自尊感情は、あるがままの自分を認め、受け入れ、大切な存在として

尊重する感情です。

わたしは、この図を見た瞬間に

心がポキンと折れそうな危うい感じがする子どもというのは

基本的自尊感情が十分に育まれていない子ども達のことだったのだ!

100点じゃない自分(=完璧じゃない自分)を受け入れられないし

正直に話せない(自己開示できない)から

「先生、採点間違っています」と嘘をついてしまうのだ!

そして、この基本的自尊感情は、

一緒にご飯を食べるなどの日々の営みを通して培われるのだ!

と、長年の問いの答えを見つけたのです。

わたしに考えるきっかけとなったあの女の子は

まだ11歳だったのに、

あるがままの自分を受け入れられないようになっていて、

生まれてきてよかったと思えないようになっていて、

ずいぶん苦しい思いを抱えて、

わたしに訴えていたのだと分かったのです。


近藤卓先生は、

社会的自尊感情が育っている・育っていない

基本的自尊感情が育っている・育っていない

の組み合わせから、

子ども達を4つのタイプで捉えて考える視点を提示しています。

SBタイプ:2つの自尊感情がバランスよく形成されている。何らかの失敗や叱責で社会的自尊感情がしぼんでしまっても、十分に育った基本的自尊感情が心を支えてくれるため、どん底まで落ち込むことはなく、自力で立ち直ることができる。

sBタイプ:社会的自尊感情が育っていないのんびり、マイペースタイプで、より上を目指そうという努力や頑張りに欠けるのが課題。

Sbタイプ:一見十分に自尊感情が育っているように見えるため、教師に気付かれにくく一番危険なタイプ。一度崩れると立ち直れないほどの辛さや苦しさに直面する。

sb タイプ:どちらの自尊感情も十分に育っていない、誰から見ても心配なタイプ。

     (出典:近藤卓著「子どもの自尊感情をどう育てるか」

わたしは、この視点を知った時に

それまで出会った心がポキンと折れてしまいそうな

危うい感じがする子ども達の顔や言動、様子を思い浮かべ、

一見十分に自尊感情が育っているように見えるものも

本当は危うさを抱えるSbタイプの子ども達だったのだ!

と腑におちました。

どちらの自尊感情も十分に育っていないsbタイプの子ども達は、

孤独であったり、自信が持てなかったりする言動から、

誰の目から見ても支援が必要であることが分かりやすく、

教師からも気にかけてもらえる可能性の高い子ども達です。

しかし、Sbタイプの子ども(頑張り屋のいい子)は、

困っていることや苦手なことを隠し、

何とか頑張り続けようとするので、

周りの人たちから気づかれにくいのです。

わたしに考えるきっかけとなったあの女の子も

人間関係に悩んで、

しばらく中学校を休んでいたと聞こえてきました。

実践する

自尊感情尺度【SOBA-SET】のアンケートを全校で実施し、

アンケート結果や普段の行動観察から

子どもの心の実態を把握し、

子ども達へのタイプに応じた声かけ、活動などを行い、

子どもの変容の見取りを行う実践をしました。

〈座標の見方〉

例) ● B, 10, 12             

 B:児童仮名  

10:社会的自尊感情(S値) 

12:基本的自尊感情(B値)


基本的自尊感情が十分に育っていない児童を抽出します。

A児:情緒の不安定さがうかがえる

B児:「どうせぼくなんて」という口癖があり、なかなか新たなことに怖がって挑戦しようとしない

C児:教師の前では頑張っていい面を見せているが、子ども達の中ではイライラをぶつけて友達とよくケンカになる

D児:うまくいかないことがあると、自分を責めて落ち込みなかなか立ち直ることができない。

E児:何でも完璧にやりたい一方で、出来ない子に対して強い口調で責めたり非難したりするなど、他罰性が強い。

危うさを抱えるSbタイプの子どもたちの中に、必要以上に

自分を責めたり罰したりする子や、

友達を非難し責め立てたり罰したりする子が

いることに気づきました。

また「頑張り屋のいい子」なので学級委員なども任されるのですが、

隠れたところで誰かをいじめて、

イライラとした気持ちを発散している事例報告もありました。

近藤卓先生がアンケートを実地した進学校では、

Sbタイプの子ども達の割合が高いという結果があったそうです。

あるがままの自分を認め、受け入れ、自分を大切な存在として

尊重する感情が育まれる大切な時間に、

早期教育や受験のための勉強など

大人のさせたいことを強いられて、

比較や競争の中で評価されたことによる弊害だと

わたしは考えています。

河合隼雄氏「いのちの対話」の中で、中西進氏は

「イエは食事をする、談笑をする場である

愛がイエの本質である

本質的な部分がイエから失われているように思う」

と述べていました。

一緒に食事をする、一緒に談笑する

日常の生活の中でゆっくりと育まれていく

自分を大切に思う気持ち(基本的自尊感情)が、

実は、子どもがその未来において、

避けようもない困難に直面したときに、

踏ん張って立ち上がる生きる力の土台となっているのです。

しかし、核家族化や親の多忙化によって

イエで一緒に食事をする、

談笑するという時間が少なくなりました。

地域の関係性も希薄化し、

以前のように複数の大人で

一人の子どもを見守る環境も少なくなりました。

このような環境の変化と、

日本の若者の死亡原因のトップが

自殺であることには関連があるはずです。

だからこそ、学校は子ども達のいのちを守る

最後の砦(とりで)として、

子ども達の基本的自尊感情を育むことに

意識を向ける必要があります。

授業のやり方、放課の関わり方、学校行事の組み立て方、

朝の会や帰りの会の仕方などに工夫をすれば、

基本的自尊感情を学校でも育む環境を整えることは可能です。

実際に実践してみると、半年後には!

基本的自尊感情の数値の変化です。

A児: 6→12

B児:10→21

C児: 8→17

D児:10→22

E児:12→20

子ども達の言動や様子などからも子ども達の変容を捉えることができました。

(※注:SB群からSbへ移行した子どももいたため、

 全ての児童の基本的自尊感情が安定したわけではありません。)

わたしは以前、色彩心理学を活用して内発的動機づけから

子ども達が勉強に取り組むことで

全国学力テストの算数のある分野において

全国平均  100

県内平均  108

担当クラス 136

を、達成したこともあります。

できないことができるようになって、

無気力な子どもがやる気をみせるようにもなりました。

しかし、心がポキリと折れそうな危うい感じがする

子どもの存在は変わりませんでした。

その時は、なぜそう感じるのか、理由は分かりませんでした。

今ならその理由がわかります。

それは、sb→Sbへの変化だったからでしょう。

これらのことから

テストの点数を上げることと

基本的自尊感情を育む環境を創ること

どちらを優先しますかと聞かれたら、

基本的自尊感情を育む環境を創ることです。

基本的自尊感情が育まれる環境あってのテストだから

と、わたしは答えます。

Sbタイプの子ども達は、いつも心に不安を抱え、

一度崩れると立ち直れないほどの辛さや苦しさに

直面する子ども達です。

大人の期待に応えさせ、頑張らせるのではなく、

自分らしくしていいんだよ

のびのびと表現していいんだよ

という気持ちをもって子どもに関わり、

子どもの心をゆるめることが大事な子ども達なのです。

残された課題

さて、今回記事を書くにあたって、ある事実に気づきました。

学校全体でやり方を話し合い、承認についての研修を行い、

全ての情報を共有し、実践した結果、

一見自尊感情が十分に育っているように見えるものの

危うさを抱えるSb群が増えたクラスがありました。

アメとムチ系賞罰指導の先生が担当したクラスでした。

アメとムチ系賞罰指導で子どもに関わると、

大人に反発する子どもや顔色をうかがう子どもが育つとされています。

加えて、Sb群が増えるというのは

アメとムチ系賞罰指導をする教師の遺す負の連鎖です。

~・~・~・~・~

この記事は、わたしの担当したクラスを調査し、

「教師と子どもの信頼関係に関する研究」を書かれた

M先生の論文を参考にしました。

M先生は、外的コントロール(アメとムチ系賞罰指導)ではなく

子ども達の内的コントロール(内発的動機付け)を

わたしと同じように大切にしたいと考えている先生でした。

アメとムチ系賞罰指導の負の連鎖を絶ち、

子ども達の内発的動機付けを大切にした関わり方をする大人達が

一人でも多くこの世界に増えて、

画一的な教育がまだまだ主流の公立学校で

子ども達の多様性がもっと認められ、受け入れられ、

子ども達1人ひとに居場所がある学校になりますように。

~・~・~・~・~

月に1回をペースに

「ソトカサ~あそびのがっこう~」を開催しています。

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ABOUT ME
ペンギン先生
ペンギン先生 愛知県在住。元小学校教員。 学級崩壊のクラスを受け持ち、「面倒くさいし」「やりたくないし」「出来ないし」という子ども集団を目の前にして、「何とかしたい」「道を拓きたい」と懸命に試みていたあの頃の私を思い出しながら書いています。 自己肯定感の低い子ども達や家族の心の闇に直面し、「子ども達一人ひとりに、必ず1つは『天才のたね』がある!」「温かな家族のようなクラスにしたい!」という想いを心の灯火に、試行錯誤しながらも課題に1つ1つ取り組み、全国平均76%よりも低かった子ども達の自己肯定感が担任していたクラスでは97%へと向上しました。 このブログを通じて、子供達の可能性を信じる気持ちが波紋のように大人たちに広がることを願っています。

POSTED COMMENT

  1. 加藤尚美 より:

    ほんとの自分はだめ。
    OKのレベルに達しているかをいつも確認して
    ビクビクしてる。

    もしくは常に自分をジャッジしてる。

    許されているようにみえる子を
    憎らしく思える。

    息子を陰でコントロールしてきた
    「いい子」たちの姿と似てる気がします。

    先日、テレビで男性同士のカップルが
    それを隠して生きてきたけど
    田舎に移住して
    そこで地域の人にすべて受け入れてもらって
    一緒にご飯食べたり
    談笑したり、農業で生きていこうとしていて、
    「ここにいていいんだと、思えるようになった」
    と、話してました。

    人って人を追い詰める事もあるけど
    そのまま受け入れることもできるんだなぁ
    と、思いました。

    責め合わない人の関係は
    優しくて素直で楽そうでした。

    そうなりたいな。

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