朝の旗当番と、ズルをした子を強く注意する子どもの危うさと、スクールガードのおじいちゃんのお話

「今朝、旗当番をしていたら、こんな出来事があったのです!」

と、小学生のお子さんが2人みえるお母さんから

お話しを聞きました。

朝、橋の近くの交差点で旗当番をしていたら、橋を渡る手前で子どもがゲロって(嘔吐して)、橋を渡る手前にも旗当番のお母さんが立っていたのだけど、子どもが一人すごい勢いで、橋を渡った先にいるわたしの方に走ってきたのよ。「友だちがゲロった~」って言いに来た後ろから、もう一人すごい勢いで、今度はわたしの横を通り過ぎて行くので、「どーこー行―くーのーーーーーー?」と子どもに叫んだら、「学校に行って先生呼んでくるーーーーーー」と言って、その子は走っていってしまって、、、学校行って先生呼んでくるって言った子はね、ランドセルを背負っていなくて、しかも、ゲロった子の家の方が学校より近くなのに学校へ走っていったのよ。するとね、次にランドセルを2つ背中と前とに抱えた子が歩いてきてね、わたしはてっきり「ゲロった子」のランドセルだと思って「〇〇君は家に帰ると思うから、そのランドセルはその子の近くに置いておいた方がいいと思うよ」と話しかけたら、「あ、これ、〇〇ちゃん(すごい勢いで学校に走っていった子)のランドセル」と言って、ランドセル2つもって歩いているわけ。すると、昨日あの事件があったからか、教頭先生も通学路に立ってみえたみたいで、すぐに教頭先生が現れて、それから〇〇君(嘔吐した子)のお父さんも現れて、その子はお家に帰っていったのよ。

というお話しでした。わたしはそれを聞いて、

もう一人のお母さんや〇〇君の家の方が近くだったのに

子ども達はそこには助けを求めに行かないで、

橋を渡ったところに立っていたその方や

学校に走っていった姿を想像しながら、

「子どもってきっと何か困った時には、

普段から関係性のある人に助けを求めに行くのですね。

それに、ランドセルを2つもって歩いていた子、

お話しを聞く限り、なんだか心にゆとりのありそうなお子さんですね」

と伝えると、その方は、

「あ~~~~!確かにそうなの。」

と手を打ちながら言い、

「ランドセルを2つもっていた子のお母さんが面白い方でね、その子は空手に燃えていて日曜日に試合があるとへとへとになるから、子どもが疲れて休みたいと言った時には、月曜日学校休みますって個人懇談で先生にお話ししていてね、わたし、そんなことありなの!とびっくりしたのよ!」

わたしはそのお話しを聞いて

「どうりで!」と納得しました。

なぜなら、ずっと頑張り続けなくても、

休める場があるって心のゆとりを生むなと思ったからです。

~・~・~・~

昨日、1日学校に勤務していたわたしは、

ある子どもの友だちへの行動が気になり、

その子を呼んで「本当はその友だちに何をしていたのかな」

と聞いてみました。

すると、その子どもは何をしたのかを

懸命にごまかそうとしました。

その時の彼の表情、言葉、その後の様子から、

わたしはその子どもがおそらく

Sbタイプ(社会的自尊感情が高く、基本的自尊感情が低く

実は心がポキンと折れやすい)

「頑張り屋のいい子」で、

心に苦しさを抱えている子どもだと捉えました。

心に苦しさを抱えている子どもは

他罰的・攻撃的な関わり方を周りの子にすることがあります。

心をゆるめる関わり方が大事な子です。

最後はその子が安心して笑顔になるまでまって、

「またね」と言って別れました。

今回の件を担任の先生に伝えると、

「自分が普段からがんばっているのに、

ズルをした子がいるとイライラして、

ついズルをした子に強く注意してしまったのですね。」

と最初わたしに言いました。

今の子どもの捉え方のままだと

クラスが立ちゆかなくなる危うさを感じたわたしは、

「ズルをした子に、(気づくきっかけを与えるのと)

 強く注意するのと、相手を責めて罰を与えるのは同じ事ではありませんよ。

自分は正しいからと

相手を責めてもいい、罰を与えてもいいと考えることから

1対複数のいじめが始まることだってありますよ。」

と伝えると、ハッとした表情をうかべた彼は、

「実は、彼のように頑張り屋で勉強もよくできる子が

ぼくに反発してくるようになって

クラスが崩壊していったことがあるのです。」

と打ち明けてくれました。

ご自身がうまくいかなかったことを隠すのではなく

率直に打ち明けてくれる方だったので、

その先生にまた1つ、今の現状からできることで

クラスがより安全な場となる方法をお伝えすると

「それならすぐにできそうです!早速やってみます!」

と言いました。その様子から、

クラスの子ども達といい関係性を築きたいと

心から願っているのを感じました。

彼の上司である先生に子どもの様子を伝えると

「大人の前では言う通りにする『いい子』だから、

この子は大丈夫だと思っていてはいけない」と気づかれたようでした。

「メンタル面で特に、普段から気にして見守る必要のある子ども」

という共通認識をもち担任の先生、上司の先生、わたしと

複数で見守っていくことになりました。

~・~・~・~・~

ふと思い出したことがありました。

ずっとスクールガード(毎朝・毎夕、通学路に立って見守り)を

して下さったおじいちゃんとのお話しです。

その方は、小学校6年生で終戦をむかえた方でした。

6年生を担任していた当時、

総合で戦争について子ども達と共に調べていた時に、

おじいちゃんに学校に来ていただき、

ご自身の体験を語っていただく機会がありました。

名古屋城が空襲で焼けるのが見えたこと、

爆弾が落ちた時に地面が揺れて恐ろしかったこと、

食べ物がなくてその方と同じ世代の人達は

身体が小さいことなどをおじいちゃんは語って下さいました。

子ども達は、いつも手押し車を押しながらゆっくり歩いて、

いつも同じ場所に立って、

子ども達を見守っているおじいちゃんが、

自分達と同じ年頃にそんな体験をしたことに驚くとともに、

「体験談」を読んだり戦争の写真を見たりして、

当時懸命に生きた人達がいるから、

いのちが今あるのだということ、

自分一人だけのいのちじゃないということに気づいていきました。

わたしは子ども達と一緒に手記を読み、

子ども達のおじいちゃんやひいおじいちゃんの戦地からの手紙を借りて読み、

大変なご苦労の中懸命に生きたということが感じられるようになると

道を歩いているおじいちゃんやおばあちゃんに出会うたびに

「あの時代を生き抜いてくださりありがとうございます」

という気持ちになって、涙がじんわりと滲むこともありました。

子ども達の中にもおじいちゃんやおばあちゃんへの尊敬と

「ありがとう」の気持ちが芽生えていったようでした。

スクールガードのおじいちゃんの体験談を聞いた子ども達は、

おじいちゃんとの心の距離が縮まっていき、

自然とおじいちゃんに笑顔を向け、

気持ちのいい挨拶をするようになりました。

すると、低学年の子ども達も挨拶するようになったと

わたしの耳に聞こえてくるようになりました。

雨の日も、風の強い日も、暑い日も、寒い日も、

外に出て子ども達を見守ってくださったおじいちゃんは、

立っていることが体力的に厳しくなり、

その年を最後に、スクールガードさんを引退することになりました。

わたしは当時、通学団を担当しており、

スクールガードさんへの1年間の「感謝の会」を

全校の子ども達と共に行いました。

確かその後のことです。

おじいちゃんからお手紙をいただきました。

「子ども達が元気に挨拶をしてくれること、

笑顔でいることが励みとなって

スクールガードを続けることができました。

今までありがとうございます。」


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